4.量子化学の学び方

量子化学を講義していると,多くの受講者から「量子化学は難しい」という感想がしばしば出される。
量子化学の理論は,無数の数式に基づいて厳密に構成された奥深いものであり,その一部でも
すっきりと理解できると,そのときの喜びは大きい。

しかし大多数の受講者にとっては,そこまで深く踏み込むにはかなりの数学的予備知識と,それなりの
覚悟が必要なことも事実である。

また波動方程式を導くまでの基本的な考え方はマクロの世界での「常識」を超えているので,
なかなかしっくりと理解しにくい。

私自身の経験でも,波動方程式が導入される部分がなかなか理解できなかったために,
その先に進むのに苦労した。

量子力学が発展するまで前期量子論といわれる時期(1900−1926)に量子理論に挑戦した
科学者たちが苦労したのも,このような「常識を超える考え方をどうすれば常識的な数式の形で
表現できるか」にあったと言えよう。

この講義では,上述のように数学的内容を入門程度の簡単な説明に止めなければならないが,
放送および印刷教材に現れる数式をできるだけ自分で計算して,確かめてみるとよい。

自習の参考となるように,この印刷教材のいくつかの章では,適当と思われる演習問題と解答例を
用意している。

また,パソコンを使って数値計算をしてみるのもよい。

ひとたび波動方程式の考え方が一通り身につけば,その先の応用はそれほど難しくないはずである。

自動車の運転にたとえると,エンジンや動力伝達のメカニズムなどをほとんど知らなくても,
運転操作に慣れ交通法規を知れば誰でも運転できる。

水泳やスキーについても同様で,筋肉の動きの力学を知らなくても,体を実際に動かして慣れさえすれば
誰でもある程度まで上達できる。

量子化学についても同様である。

この講義では,量子化学が研究の現場で実際に使われている姿を示して,「量子化学の実感」を
できるだけ多くの受講者に伝えたいと願っている。