5.おわりに−自然科学の目標

自然科学の研究には二つの目標がある。

一つは,自然現象の究極に存在する基本法則を徹底的に探求することである。

物理学に象徴されるように,科学者たちは英知を砥ぎ澄まして,その時点で到達できる理論および実験技術の極限に挑み,普遍的で簡単で美しい究極の自然法則に到達しようとする。

もう一つの目標は,とくに化学に象徴されるように,自然界に存在する無数の物質が持つ多様な個性に好奇心と愛着を持ち,未知の物質を発見しあるいは創り出すことによって新しい個性を発現させることである。

今回の講義で述べてきたように,量子化学は自然現象に隠された秘密を分子・原子・電子のレベルで実験と理論の両面から徹底的に探求することによって,物質の新しい個性を発見してゆく学問である。

したがって,量子化学には自然科学のこの二つの目標がみごとに実現されているといってよかろう。