3.同位体シフト(ムービー11-6)
回転スペクトルの間隔は慣性モーメントに関係する。
また前章で分子の振動数は結合の強さと原子の質量に関係していることを述べた。二原子分子については次のようになる。
回転定数: |
(11.27) |
振動波数: | (11.28) |
実例として塩化水素を考えよう。
原子を質量の異なる同位体に置き換えたとする。
同位体置換によって,化学結合は本質的に変わらないから,力の定数kおよび結合の長さrは同じである。
そうすると,振動波数および回転定数は換算質量μだけに依存して変わることになる。これを同位体効果あるいは同位体シフトという。(パターン11-11)
このことは分子を同定したり,分子中のどの部分が振動に関与しているかなどを調べるときに有力な情報となる
図11-7は塩化水素の振動回転スペクトルである。
上側が通常の軽水素,下側が水素を重水素に置き換えた分子のスペクトルを示す。
さて,換算質量の式は
(11.29) |
である。
塩素の寄与はその大きな質量の逆数になるので,換算質量に対する寄与は質量の小さい水素に比べて相対的に小さいことがわかる。
塩素の寄与を近似的に無視すると,HからD原子への同位体置換によって,振動数はおよそに減少し,回転定数は半分になることが予測される。
そして,図11-7の下側に示したようにほぼ予測どおりのスペクトルが実際に観測できる。
また,HClとDClのそれぞれのスペクトル線のわずか低波数側に強度の弱い線が常に付随していることが観測できる。
これは天然存在比で約3分の1ある塩素37の同位体のスペクトルである。
強い系列の線は塩素35のスペクトルになる。
スペクトルの面積強度で比較すると,確かに約3分の1になっている。