5.複雑な分子の回転スペクトル(パターン11-12,11−1311−14)ムービー11-7

 分子イオンやラジカル,あるいは二量体や三量体などの分子錯体や分子クラスターなどの回転エネルギーは慣性モーメントを反映する回転定数だけの関数ではなく,電子スピンや核スピンあるいは分子の結合状態が複雑に変化することを反映したエネルギー構造とスペクトルを示す。

したがって,これらの効果を取り入れたモデルハミルトニアンを作り,実測を再現するようにハミルトニアンの中のパラメーターを決めることにより,前記の効果の原因となっている物理的な要因を解明することができる。

これらの問題はこの講義の範囲を超えているので詳述しないが,化学反応の中間体として存在する短寿命の化学種,単分子とマクロの物質をつなげる化学種として重要な錯体あるいはクラスターを生成する技術,測定技術そして解析の理論が発展している。

これらの分子の動的で複雑な運動を解明することが現在の高分解能分光学の一つの最先端となっている。そのいくつかの実例を放送教材で紹介する。

 図11-9は水分子の三量体の回転スペクトルである。この“分子からの手紙”を解読すると,三量体の構造と運動に関して図11-10のようなことがわかるのである。

 3個の水分子は水素結合で結ばれており,環状の構造を作っている。個々の分子はプロトンのドナー(供与体)であると同時にアクセプター(受容体)ともなっている。

水素結合に関与していない3個の水素原子(自由水素)のうち2個は環の上側にあり,1個は下側にある。この構造を全体として保ちながら,水素原子は図に示すような運動を行っている。

(a)では1個の(影をつけた)水分子が水素結合軸のまわりに回転する。遷移状態では2個の自由水素原子は環の反対側にあり,1個は環上にある。

(b)では,環の反対側に自由水素を持つ(影をつけた)2個の水分子がトンネル運動をする。

“供与体”分子の自由水素は環の中の方に動き,同時に水素結合に関与していた水素原子は環の反対側に押し出される。

結果として,二つの水分子の2個の自由水素が交換される。

遷移状態において“受容体”分子の自由水素原子は環上に配置しており,“供与体”分子の2個の水素原子は同時に“受容体”分子の酸素原子に等価な配置の水素結合で結ばれている。