2.スピン角運動量

(1)荷電粒子の自転運動(スピニング)(ムービー12-2

 この章のはじめに,角運動量は,単一粒子であれ多粒子系であれ,すべて物質の何らかの回転運動に関連していると述べた。

ここでは,物理的描像としては少し厳密さを欠くが,微視的粒子に固有の角運動量といわれるスピン角運動量を,ベクトルモデルで述べる。

質点とみなされる電子や原子核は,半径がおおよそ10-15 mの負または正の電荷をもつ粒子であるが,図12-3(b)に示すように,電子が自転運動している場合には電荷の回転にともなう角運動量単位)が生じる。

これを電子スピンとよび,固有の磁気モーメントは,γで表される。

電子の場合には,γ<0である。

原子核の場合も同様に,固有の核スピンを定義することができ,固有の磁気モーメントが

γと定義できる。

ほとんどの原子核のγは正である。


(2)シュテルン・ゲルラッハの実験と電子スピン量子数(パターン12-2,12-3)(ムービー12-3

 軌道角運動量を表す方位量子数は,0または正の整数のみが許される。

スピンを表す量子数にはどのような数が許されるのかを知るために,第2章で述べたシュテルン・ゲルラッハの実験をもう一度再現してみる。

 図12-4は,(a)z軸方向にのみ静磁場勾配を持つ磁極間に銀原子のビームを走らせてスクリーン上に銀を堆積させる実験,(b)および(c)にはそれぞれ銀原子ビームの古典論的および量子論的挙動の模式図・予想される実験結果を示す。

シュテルン・ゲルラッハの実験ではスクリーン上の銀の堆積は,古典論の予想に反して二つに分離した。ビーム原子が磁気モーメントμをもっていると,ビームはz方向にの力を受ける。

 銀原子の最外殻にある1個の電子は5s(=0)軌道にあり,軌道角運動量に由来する磁気モーメントをもたない。

したがって,上記の銀原子の挙動は,軌道角運動量とは起源の異なる磁気モーメントの存在を示し,静磁場との相互作用によって量子化された二つのエネルギー状態をとりうる物理量が存在することを示す。

この結果が,電子スピン由来の磁気モーメント,すなわちスピン角運動量の発見を導いた。

1個の電子の場合,そのスピン量子数をSとすると,量子化された状態の数は(2S+1)=2なので,S=となる。方位量子数や回転量子数の場合と異なり,スピン量子数には半整数が許される点が大きな特徴である*1。

*1―――――――――――――――――――――――

 角運動量を量子論に基づいて一般的に取り扱うと,半整数の量子数が許されることが証明できる。

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 スピン角運動量の大きさ単位),z軸への射影成分を指定するスピン磁気量子数は,他の角運動量を記述する場合と同様に,

(12.3)


(12.4)

と表すことができる。

電子のスピンのベクトルモデル表現を,図12‐5に示す(単位)。の状態をしばしばαスピン,の状態をβスピンとよぶ。

外部から静磁場などを加えて特定の軸を指定しない限り,これらの二つの状態はエネルギー的に区別することができず縮重する。

 多電子系の角運動量は,合成ベクトルで表すことができる。

この場合は,(12.3),(12.4)式において,S(S),を(),で置き換えた関係式が成り立つが,

(12.5)


であり,縮重度は,合成スピン量子数をとすると(2S+1)で表される。合成ベクトルは,量子論的なベクトルの和によって作ることができる(章末の補遺参照)。

(3)原子核のスピン角運動量(パターン12-4

 原子核の固有の角運動量(核スピン)Iについても上記と同様の議論ができる。

核スピン量子数Iは,整数も半整数も許され,(12.3)〜(12.5)において,(S)をI(I),を,をで置き換えた関係式が成り立つ。

ほとんどの原子核についてγ>0であるので,核磁気モーメントμと核スピンIは同じ向きのベクトルである。表12-1に,代表的な原子核の核スピン量子数を与えた。