4.磁気モーメントの歳差運動(ムービー12-6)
図12-1に示したように,電子の軌道角運動量ベクトル(
単位)は,電子の磁気モーメントμの起源の一つである。
一般に,スピン角運動量も含めて角運動量ベクトルJは,磁気モーメントμ=γJの起源である(電子スピンの場合,JはSであり,核スピンの場合はIである。図12‐3参照)。
γJは磁気回転比とよばれ,個々の微視的粒子によってその値は異なる。
電子スピンの磁気回転比は,電子の軌道運動の磁気回転比の2.0023193134倍であり,核スピンの磁気回転比と比べると約103倍大きい。
磁気モーメントμは,磁場Bと相互作用する。次に,μがBの存在下でどのような運動をするかを調べよう。
磁場Bが存在するとき,μは磁気ポテンシャルエネルギー(相互作用エネルギー)を持ち,その大きさは−μ・B=−μBcosθで与えられる*2。
θはμとBのなす角度であり,Bの向きをz軸と定義すると,μベクトルのz成分μzはμcosθとなる。
図12-8に示すように,μはμ×Bの力をうける。この力はμとBがつくる面に垂直に働くので,ベクトルμはB(すなわちz軸)のまわりに回転を引き起こす。
このような回転運動を起こす力μ×Bをトルクとよぶ。
ベクトルμの運動方程式は
(12.20) |
で表される。
エネルギーが別の形態に変換されて消費されなければ,μはBのまわりを一定のθを保って回転する。
このμの首振り運動はラーモアの歳差運動とよばれる。
*2――――――――――――――――――
ベクトルAとBがあった場合、A・Bで表される量を内積(あるいはスカラー積)という。それぞれのベクトルの長さをA,Bとし、そのベクトルの間の角度をθとするとである。すなわち、一方のベクトルを他方のベクトルに投影し、内積はベクトル量ではなく、スカラー量である。一方、A×Bは外積(あるいはベクトル積)とよばれる。その定義は第11章の脚注1に記してある。
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古典力学にみられる典型的な歳差運動は,自転するこまの首振り運動である。
図12-9に示すように,z' 軸のまわりに角周波数*3ωで自転するこまは,重力と自転軸の先端がうける抗力の二つの力で生じる偶力(反平行の一対の力)をうける結果,x軸のまわりの力のモーメントN′が生じる。
その結果,z′軸は−x軸に近づくように,新たなz軸のまわりにゆっくりと(ω′の角周波数で)首振り運動を始める。
こまの自転の向きが逆転すると,歳差運動の回転の向きも逆転する。
歳差運動の角周波数ω′が極めて小さい例は,地球の首振り運動である。
回転楕円体である地球の自転軸は,黄道面に垂直な軸(z軸)に対して23.4°の傾きをなす。
傾斜した回転楕円体であるため,太陽の引力は偶力を形成する結果,自転軸はz軸のまわりに角速度50.26"/年でゆっくり歳差運動をする。
この速度を周期に換算すると2万8500年である。
したがって,現在の北極星はこぐま座のα星であるが,西暦1万4000年頃の北極星はこと座のベガ(織女星)となる。
自転車に乗っていて倒れかけたときに,倒れる方向にハンドルを切ると自転車が立ち直る現象も歳差運動を利用したものである(パターン12-13)
*3――――――――――――――――――
角周波数ωは,角速度ともよばれる。振動数をνとすると,ω=2πνで与えられる。
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(2)角運動量ベクトルモデルとラーモアの歳差運動
次に,磁気モーメント,すなわち角運動量のラーモア歳差運動をベクトルモデルで表現するとどのような描像がえられるかを考えよう。
角運動量としては,どれを例にとってもよいが,図12-2との対応を示すために電子の軌道角運動量をとりあげる。
μとBの磁気的な相互作用エネルギーE=−μ・Bは,(12.2)式を使うと,
(12.21) |
と表せる。
ここで,ω=−γB,γ<0である。
ωは,μがz軸,すなわちBのまわりを回転するときの角周波数である。
=2の場合についての結果を図12-10に示す。
ここでは,(1)ラーモアの歳差運動をするベクトルおよび(2)ゼロ磁場のもとで5重に縮重していた状態が,磁場B≠0のもとで,で指定される分裂したエネルギー状態に分裂する様子を示す。
=+2と
=−2の状態にあるベクトル
は,z軸となす向きを逆に,角周波数2ωで歳差運動をする。回転の角速度は磁場Bの大きさに比例する。
同様に,=±1の状態の
はωで円錐面を回転する。
=0状態のベクトル
は,xy面内のどこかに位置するが定常的な回転をしているわけではない。
したがって,同じベクトル表現でも,有限の磁場Bのもとでの角運動量の挙動を表す図12-10と図12-2との違いは明白である。
隣り合う間のエネルギー差はであり,波長の長い電磁波であるマイクロ波やラジオ波に相当する。
の電磁波を外部から吸収すると,電子の軌道運動の量子状態は
が+1増加する歳差運動の状態へ遷移する。
図12-10では,これを太字の矢印で模式的に示した。