2.レーザーの実例
代表的なレーザーについて述べてみよう。
ただし,レーザーの世界は日進月歩であって,数年たつと大きく様変わりすることが充分起こりうる。ここでは現時点で入手できるレーザーについて述べる。
(1)気体レーザー レーザー媒体が気体であるものである。
へリウム・ネオンレーザーはへリウムとネオンの混合気体に放電して,ネオン原子が光るので632.8nmの赤い光を出す。
アルゴンイオンレーザーはアルゴンの気体に放電して,主に514.5nmの緑色,488.0nmの青色の光を出す。これらは安定した使いやすいCWレーザーである。(ムービー13-6)
科学以外にアートにも使われている。
窒素レーザーは窒素気体に放電して337.lnmの紫外線を出すパルスレーザーである。
炭酸ガスレーザーは二酸化炭素(炭酸ガス)に放電して,主に10.6μmの赤外線を出す。
これにはCWレーザーとして大変強力な(たとえば10〜250 W)ものがあり,加工用にも使用される。
エキシマーレーザーでは,へリウム(He),アルゴン(Ar),クリプトン(Kr)のような希ガスとフッ素(F2),塩素(Cl2),臭素(Br2)のようなハロゲン気体とを混合して放電し,ArF(193 nmに発振),KrF(248 nm),XeCl(308 nm)のような二原子分子を作ってレーザー発振させる。(ムービー13-8)
これらの分子は励起状態でのみ存在するので,エキシマー*2とよばれる。これらが光を出して基底状態に「落ちる」と,分子は不安定で原子に解離してしまう(パターン13-17)(図13−3)を参照)。
こうして反転分布が自然にできる。
エキシマーレーザーは紫外光を直接出すレーザーとして貴重な存在である。
後に述べるように化学結合のエネルギーは紫外光のエネルギーに匹敵するので,化学結合を切って化学反応を起こさせるにはエキシマーレーザーが必須になるのである。
注*2:一般的には,エキシマーとは2個の同種の原子あるいは分子からできるものをいい,異種の原子(分子)からなるものはエキシプレックスという。しかしArFなどについてはエキシマーレーザーというよび方が定着している。
(2)固体レーザー
レーザー媒体が固体(結晶)であるものである。
メイマン(T. H. Maiman)が初めて作ったものはルビーレーザーである。
これは694.3nmの赤い光を発振するパルスレーザーである。
現在最もポピュラーでよく使用されているものは,ネオジム・ヤグ(Nd:YAG)レーザーである。(ムービー13-7)
稀土類元素のネオジムがイットリウム・アルミニウムガーネット(YAG)という結晶の中に入っていて,これを強力なフラッシュランプの光でポンピングしてレーザー発振させる。ガーネットは「ざくろ石」ともいう。
このレーザーは,15 nsぐらいのパルスレーザー,あるいはCWレーザーであり,いずれの場合でも発振波長は1.064μmつまりlO64 nmの近赤外線である。
(3)色素レーザーとチタン・サファイアレーザー
色素レーザーでは色素の溶液がレーザー媒体である。
そもそもレーザーでは,レーザー媒体の種類により,またレーザー発振に使用するエネルギー準位によって,波長(すなわち振動数)が決まっている。
これは優れた点であると同時に欠点ともなる。
任意の波長で発振するレーザーへの要求から色素レーザーが生まれた。(ムービー13-9)
色素レーザーでは色素の溶液を循環し,これをほかのレーザー(エキシマーレーザー,窒素レーザー,アルゴンイオンレーザー,ネオジム・ヤグレーザーの2倍波(後述)など)あるいは強力なフラッシュランプの光でポンピングしてレーザー発振させる。
キャビティーを構成している二つの鏡のうちの一方を回折格子のような波長選択素子に変えることによって,一種類の色素で数十nmの範囲で,また色素を交換することによって300nm付近の紫外線から1000nm付近の近赤外線までの広い範囲で波長可変(tunable)なレーザー光を得ることができる。
最近では色素溶液の代わりにチタン・サファイアの結晶を使い,これをアルゴンイオンレーザーでポンピングすることにより,700〜1000nmの範囲の波長可変光を得ることができる。
チタン・サファイアレーザーは固体レーザーであるから色素レーザーよりも扱いやすい。ピコ秒やフェムト秒の発振が容易に得られるのも特徴である。
(4)非線形結晶による波長変換
ネオジム・ヤグレーザーの1.064μm(1064nm)の光をある種の結晶(例としてリン酸二水素カリウムKH2PO4,略称KDP)の中に通すと,光の一部がもとの光と比べて波長が半分(振動数が2倍)の532nmの光に変換される。このような効果を非線形効果,こういう性質を持つ結晶を非線形結晶という。(パターン13-15)(ムービー13-7)
光子一粒のエネルギーはである。
この光子を非線形結晶の中を通すと,二粒の光子が一緒になり,と
が足し合わされた
の光が出てくる。これを2倍波(第二高調波)という。
さらにこの2倍波つまりともとの光とを非線形結晶の中で混ぜると,またまた足し算になったの3光が出るが,これはもとの1064nmと比べると波長が3分の1(振動数が3倍)の355nmの紫外光になる。これを3倍波という。
また,2倍波だけを非線形結晶に通してと
の足し算で
,すなわち4倍波の266nmの紫外光も得られる。
非線形結晶はレーザー光の波長を変換するのに大切な働きをする。
非線形光学過程は,次のように説明される。物質にと表される周期的な電場をもつ光が入射すると(ここで
を角振動数という),物質の中に生ずる分極(単位体積当りに誘起された双極子モーメントは)
は
(13.5) |
のように,電場の1次に比例する項,2次に比例する項,3次に比例する項,などからなる。
普通の弱い光では第1項(線形分極)だけしか生じないが,レーザー光はきわめて強いためにその電場も強く,第2項以下(非線形分極)も重要になってくる。非線形分極のうちは
で,
は
で変化する成分をもつので,角振動数が
あるいは
(すなわち振動数が
あるいは
)の2倍波,3倍波も生ずることになる。
このほかに,振動数の異なる2本のレーザー光(と
)を用いれば,これらから振動数の光を得る「和周波発生」,振動数の光を得る「差周波発生」もできる。
また振動数の光から振動数
と
(ただし
)の二つの光を得ることもできる。
これを「光パラメトリック発振」という。
これは,一粒の光子が二粒に分かれることに相当する。
赤外部の波長可変レーザー光を得るには,現在のところ,差周波発生あるいは光パラメトリック発振によるしかない。
非線形結晶としてよく使用されるものには,上記のKH2PO4のほかに緑色光発生用のKTiOPO4(KTP),紫外光発生用のLiB3O5(LBO),β‐BaB2O4(BBO),光パラメトリック発振にも用いられるLiNbO3などがある。
(5)半導体レーザー
半導体レーザーのなかで現在実用されているダイオードレーザーでは,n型半導体とp型半導体とを接合して順方向に電圧をかけ,n型半導体のキャリヤーである電子とp型半導体のキャリヤーである正孔による反転状態を両者の界面につくりだして,レーザー発振させる。
これらは微細加工技術によって小型につくることができる。
ダイオードレーザーでは,気体に高電圧放電をしたり,色素溶液を扱ったりする面倒さがなくスイッチひとつで動作させられる簡便さがあり,最近ではかなり大出力のものができるようになってきたので,それ自身として,あるいはネオジム・ヤグレーザーやチタン・サファイアレーザーのポンビング用として広く使用されるようになってきた。
この方面の進歩はたいへん速く,近い将来には,上記の気体レーザーや色素レーザーの代わりに,ダイオードレーザーやその高調波でネオジム・ヤグレーザーやチタン・サファイアレーザーをポンピングし,さらにその高調波をとるというような全固体レーザーが多用されるようになるであろう。
(6)自由電子レーザー
相対論的な高速度で動いている電子に周期的な静磁場をかけて小刻みにジグザグ運動させる(この装置はアンジュレーターあるいはウィグラーとよばれる)ことによって発振させる。
発振波長は原理的に原子・分子のエネルギー準位による制限を受けず,電子ビームのエネルギーとアンジュレーター(ウィグラー)の周期を変えることによって,赤外,可視,紫外の全領域にわたって連続的に変えることができる。
装置が大がかりになるが,原理的に優れたレーザーであり,現在さかんに研究が進められている。