3.分子間錯体(ムービー14-5

 前記の超音速分子ビームの中では,分子が相互の引力により会合を起こして錯体を作ることがある。

そこにレーザー光を当ててスペクトルを測定すると,錯体の構造を調べることができる(図14-7)。

また,気体をセルに入れて高圧をかけて錯体を作り,スペクトルを測定する実験も行われている。そのような実験で求められた二分子錯体の例を図14-5に示す。

 先ほど説明したように,アルゴン原子の二量体はファンデルワールス半径がちょうど接触した位置で最も安定になる。

分子の錯体では分子の並び方の違いによる構造異方性が考えられるが,ここでは最も安定な構造を示している。

例えば,(O22と(N22では安定な構造が違うこと,(CO22ではそれぞれの分子がファンデルワールス半径を接触させるように斜めに重なった構造をとることが特徴的である。

二分子錯体の結合エネルギーは,(NO22のようにN‐N結合が強くて「安定な分子」とよんでよいような錯体から,常温の熱エネルギーより弱くて壊れやすいものまで様々である。

(NO22には弱いN‐N化学結合が認められるし,Ar・HClでは水素結合の影響で水素原子がアルゴン原子に少し潜りこんでいることがわかる。

 水素結合によって作られる分子間錯体にも,特徴的な構造と分子運動を持つものが数多く発見されている。

例えば,フッ化水素二量体(HF)2(図14-8(a))では,一方の水素原子が二つのフッ素原子の間に入る構造が安定となり,ポテンシャルエネルギーの二つの極小点の間を二つの水素原子が位相を合わせて卜ンネル効果で往復運動していることがスペクトルの実験から詳しく解明されている。

また,これと類似した水素原子の運動は,水の会合体(H2O)2についても実験と理論の両面から詳しく調べられている。

ただし,水の場合には水素結合に参加できる水素原子が1分子当り2個ずつあるので,運動は多次元の複雑なものになる(次節を参照)。

 図14-8(b)に示したギ酸の例では,二つの水素結合によって二分子会合を起こしている。

二つの水素原子は,二つの安定点の間を位相を合わせて往復運動している。

またアセチレン二量体の場合には,二つのC22(直線形分子)が互いに位相を合わせて分子内回転運動をしている。

 分子内および分子間に形成される水素結合は,分子集合体の構造と性質を左右する重要なものである。

特に,水,タンパク質,核酸など生体関連物質に存在する水素結合(図14-9)については,生物物理化学の立場で詳細な研究が行われている。