4.有機半導休の構造と物性

われわれの身のまわりには電気を通すものと通さないものがある。(パターン15-13

配線コードの銅線のような金属は電気を流すが,それを包んでいるビニル樹脂被覆は電気を流さない絶縁体である。

また,金属と絶縁体の中間には,少しだけ電気を通す半導体とよばれる様々な物質があり,電子回路の素子として広く用いられている。

ビニル樹脂のような有機物質はふつうは絶縁体であるが,最近では有機物で半導体や良い導体,さらには超伝導体の性質を持つ物質が次々と発見され,電子デバイスへの将来性が注目を集めている。

日本はこのような研究が最も早く始められた国の一つである。

たとえば,ある種の有機物質の薄膜を電極間にサンドイッチのように挟んで電圧をかけると光が放出され,電極の一つを透明電極にしておくと光を取り出すことができる。この電界発光素子の開発が現在急速に進められている。(パターン15-14)(ムービー15-6

 物質が示す電気的性質の違いは,その物質の中で電子が分子軌道にどのように詰まるか(電子構造)によって決まる。

電子の詰まり方を調べるには,光電子分光法(第5章参照)が有効である。(パターン15-15

この実験法は,真空中の試料にエネルギーの揃った光を当てて,放出される電子(光電子)の運動エネルギーを測定する。(パターン15-16

この様子を図15‐8に示す。縦軸は電子のエネルギーである。

固体中の分子の中には,電子の詰まった被占分子軌道と空の分子軌道がある。

前者の軌道を占める電子に光を当てると,詰まっていた電子は光子のエネルギーだけ励起されて,真空準位(電子がぎりぎりに飛び出せるエネルギー)よりも上に励起された電子は,固体から飛び出すことができる。

固体中に弱く拘束されていた電子は,イオン化エネルギー(飛び出すのに必要なエネルギー)が小さいので,光から貰ったエネルギーの大半を持って飛び出すから速度が大きい。

強く拘束されていた(深い準位の軌道を占める)電子は,イオン化に大部分のをエネルギー使い,わずかなエネルギーを持って飛び出す。

すなわち,光電子のエネルギー分布(光電子スペクトル)を測定すると,固体の電子構造が実験的に調べられ,電気的性質との関連を議論できる。

測定結果の例として,電界発光素子によく使われるアルミノキノリニウム錯体(Alq3)固体の光電子スペクトルと準位の模式図を図15‐9に示す。(パターン15-17

横軸は電子がとれくらい強くつかまっているかをイオン化エネルギーで表したもので,左に行くほど電子は固休中で強い拘束を受けていたことを示す。

縦軸は光電子の強度である。右端は最も弱く拘束されていた電子に対応するので,Aのピークは最高被占分子軌近(HOMO)に相当し,π電子の準位である。

量子化学の理論計算による予想値と比較すると両者はよく対応しているので,この錯体の電子状態を理論的によく説明できたことがわがる。