5.有機伝導体の構造と物性
金属に近い電気伝導率を持つ一群の有機化合物が発見され,基礎と応用の両面から活発な研究が行われている。(ムービー15-7)
分子が集まって導体を作るためには,電子が分子間を往復できる道が形成されなければならない。
金属のような物質が良い導体になるのは,結晶の中で電子が非局在化して「バンド」といわれる量子状態を作るためである。(パターン15-18)
有機導体の場合にも,結晶中で分子が配列したとき分子間で電子の波動関数が重なりあうことが必要である。
また,たとえバンド状態が形成されたとしても,そのバンドに電子が入っていなかったり,あるいが逆にバンドに電子が完全に詰まっていて電子が身動きできないときには,やはり絶縁体のままである。
すなわち,有機物が金属のような導体になるためには,バンドの中に伝導電子を発生させる化学的操作が必要である(図15‐10)。
そのためには,電子を与えやすい分子(電子供与体)と電子を受け取りやすい分子(電子受容体)との間で錯体結晶を作って分子間の電荷移動を起こさせるか,または有機分子を電気化学的に酸化する方法が用いられている。
電荷移動相互作用を利用した例に,TTF‐TCNQ錯体がある(図15‐11)(パターン15-19)。
電子供与性分子であるテトラチアフルバレンTTNと電子受容性分子であるテトラシアノキノジメタンTCNQのアセトニトリル溶液を混合すると,一部の電子がTTFからTCNQに移動し,電荷移動錯体の黒色結晶が沈殿する。
TTFとTCNQ自身の結晶はどちらも絶縁体であるが,錯体の結晶は良い導体である。結晶中ではTTF分子とTCNQ分子が独立に積み重なって,伝導電子の流れる道筋が作られている。
電荷移動に関与する電子の波動関数には(分子平面内と垂直方向で)大きな異方性があるので,π電子波動関数の重なりは分子の積み重なる方向にだけ現れる。
したがって,TTF‐TCNQは金や銅の様な通常の「三次元金属」とは違って,結晶の一方向にだけ電気が流れる「一次元金属」となる。
このような一次元金属は一般に低温では絶縁体となり,超伝導体にはならない。
TTFと同様なπ電子を持つ平面形分子で多数の硫黄あるいはセレン原子を含む有機化合物が最近たくさん合成された。
たとえば,TTFを少し拡張したBETSとよばれる分子をハロゲン化ガリウムのテトラブチルアンモニウム塩を支持電解質として電気分解すると,針状結晶が成長する(図15-12)(パターン15-20)。
分子の長軸に近い方向から眺めると,SおよびSeの原子が分子間で二次元的に接触している様子がわかる。
一方,この化学式は有機分子からテトラハライドガリウムイオンに1分子あたり0.5個の電子が移動し,化合物が金属となることを推定させる。
図15‐13に示すように結晶は特徴的な抵抗変化を示し,10K以下で超伝導体となる。
低温で超伝導体となったあと,絶縁体に転移する様子がわかる。(パターン15-21)
この様な挙動をする超伝導体は,これまで無機化合物ではまだ発見されていない。
有機分子には合成により多様な物質を創造できるという際だった特徴があるので,有機超伝導体には今後の大きな発展が期待できる。