2.等核二原子分子の電子配置と化学結合

(1)電子配置(ムービー5-5)(パターン5-6

 上記の分子軌道のエネルギー期待値を定量的に計算することは多電子系なのでかなり複雑であるが、図5-2のようになる。

この図は、パウリの原理に従って個々の分子軌道に電子を収容したものである。

電子が収容されている分子軌道の中でエネルギーの最も高い軌道をHOMO(highest occupied molecular orbital)とよび、電子が収容されていない分子軌道の中でエネルギーの最も低い軌道をLUMO(lowest unoccupied molecular orbital)とよぶ。


 リチウム分子Li2では、2個の2s電子が結合性軌道にスピンを対(反平行)にして収容され、安定なLi‐Li結合が作られる。

べリリウムBe2では、結合性の軌道に入った電子のエネルギーが反結合性軌道に入った電子のエネルギーと打ち消しあうので、安定なBe-Be結合は作られない。

これはへリウムHe2の場合と同様である。

言い換えると、He原子が(1s)2の安定な閉殻を作るのと同様に、Be原子は(1s)2(2s)2の安定な閉殻を作るので、2原子が結合して、二原子分子Be2を作ることはない。

 分光学の実験結果によれば、問題としている系の電子配置は次のようになる。

すなわちB2とC2分子では、の次に安定な1πu軌道に電子が収容される。

しかしO2からF2までの分子では、(5.4)のの微妙な差に起因する逆転が起こり、軌道の方がよりも安定になるために、電子はの順に軌道を埋めてゆく。

 ここで特徴的なのは、B2とO2である。

これらの分子では(フントの規則(付録E参照)に従って)、2個の電子が二つの独立な1π軌道に1個ずつスピンを平行にして収容される(図5-2参照)。(パターン5-5,5-6

これらの電子基底状態はHe(ls)(2s)の三つの電子励起状態と同様に三重項状態((3.62)〜(3.64))であり、電子スピンの磁気モーメントは打ち消されないで残る。

すなわち、B2分子とO2分子は常磁性物質である(第12章参照)。

(2)軌道の結合性と結合次数(ムービー5−6)(パターン5-7

 「1個の電子が結合性軌道に収容されると分子の化学結合を強める役割を果たし、反対に反結合性軌道に収容されると結合を弱める役割を果たす」ことを1.(2)に述べた。

両者の総電子数の差をとると、結合の強さの目安が得られる。

すなわち、

(5.14)

 

で結合次数(bond order)を定義すると、実験的あるいは理論的に得られる分子の物理的・化学的性質から予想される結合の多重度と良く対応する。

表5-1に示したように、たとえば窒素分子のN≡N三重結合は酸素分子のO=O二重結合より強く、フッ素分子のF−F単結合よりさらに強い。

(3)ポテンシャル曲線(パターン5-8

 図5-2の電子配置図は、ある核間距離(たとえば平衡結合距離)を決めて計算した各分子軌道の電子エネルギーを示している。

分子に含まれるすべての電子の運動および位置エネルギーと核間のクーロン反発力に起因する位置エネルギーの総和をとり、それを核間距離の関数として図示すると、ポテンシャル曲線が得られる(第4章1-(1), 2-(1)参照)。

 例として、窒素分子の電子基底状態のポテンシャル曲線と振動エネルギー準位を図5-3に示す。

第4章2-(4)で水素分子について説明したように、窒素分子は平衡結合距離の付近(の谷底付近)で安定な化学結合を作り、調和振動子に近いほぼ等間隔の振動状態を持つことが分かる。

振動基底状態から解離限界までのエネルギー差(結合解離エネルギー)は、およそである(水素分子の値のおよそ2.2倍である)。

 室温Tのセルの中に入れた窒素分子は、熱運動の一部が振動運動の励起に使われるので、ほんの一部の分子は振動励起状態などに励起されているはずである。それはどれくらいの割合だろうか。

の状態の振動エネルギー差はなので、振動励起された分子の割合は、ボルツマン分布(付録C参照)の計算により

(5.15)


と概算できる。

Rは気体定数で、expは指数関数を表す。

すなわち、N2のような高い振動数を持つ分子では、振動励起を有効に起こすには極端な高温を必要とし、室温では事実上すべての分子が振動基底状態に存在していることが分かる。


(4)電子励起状態とイオン化状態(ムービー5-7

 分子に短波長の紫外光または電子を当てると、1個(ときには複数個)の電子が励起されて高いエネルギーを持つ分子軌道に移る(第3章2-(6),第2章2-(3)参照)。

これを電子励起とよぶ。

さらに高い励起エネルギーを与えられると、電子は分子内のクーロン引力の束縛を離れて飛び去り、分子は正イオンになる。

この過程をイオン化 (ionization)という。たとえば窒素分子では、

(5.16)


となる。

この反応を起こして自由電子を生成させるのに必要なエネルギーをイオン化エネルギーという。

生成した分子イオンは電子基底状態のこともあるし、分子に与えるエネルギーが十分に高ければ、イオン化によって分子イオンの電子励起状態を生成することもできる。

 また、電気的に中性の分子に電子1個が付着して空いている分子軌道のどれかに入り、安定な負イオンを生成する場合もある。

たとえば、酸素分子はそれに該当し、

(5.17)


の反応で生成する負イオンO2-が実測されている。

このとき放出されるエネルギーを電子親和力という。O2の電子親和力は正で、およそ0.44 eVである。

(5)分子イオンの電子構造

 一例として、酸素分子について分子イオンの電子構造を中性分子の場合と比較してみる(表5-2)。

分子イオンの電子基底状態を考えると、正イオンは分子O2の反結合性軌道から1個の電子が抜けることによって生成するので、結合次数は(5.14)によって2から2.5となり、正イオンのO‐O結合は中性分子のO‐O結合に比べて強くなる。

反対に負イオンO2-では、反結合性軌道にもう1個余分な電子が入るので、結合次数は1.5となり、負イオンのO‐O結合は中性分子のO‐O結合に比べて弱くなる。