第6章−多原子分子の結合と電子構造(パターン6-16-2ムービー6-1,6-2

 分子にはそれぞれ特有の形があり,しかも変形(振動)したり他の分子あるいは原子と結合の組み替え反応を起こしたりすることができる。

これらの性質は,化学結合を成立させている電子の働き,正確にいえば電子が入る空間(すなわち分子軌道)の形と,その空間に入った電子の持つエネルギーによる。

この章では分子が様々な形を取りうることの量子論的根拠を学ぶ。

1.分子の構造(パターン6-36-4ムービー6-3

 前章までに原子と原子が結びつく機構は電子の働きによることを述べ,それに基づく結合の定性的・定量的な違いが分子の性質にどのように反映するかを調べた。

二原子分子では,分子構造を決めるパラメーターは結合距離一つだけであり,結合力と電荷の偏り,分子軌道のエネルギーが分子の重要な性質であった。

3個以上の原子が結合する場合には,原子間の結合距離(一般には複数個),二つの結合の間の角度,結合のまわりの回転角などがパラメーターとして入ってくる。

そのために分子の三次元的な構造が問題となる。

酸素原子の電子配置はである。

これに二つの水素原子が結合する場合,酸素原子のおよび軌道は2個の電子で満たされていないので,これらの軌道に水素原子の1s軌道が重なるように接近すると考えてみよう。

その場合にはH-O-Hの角度は90°であり,電子が2個入った軌道(これを孤立電子対,lone pairとよぶ)は分子面に垂直な方向に分布すると考えられる。

図6-1(a)は実験的に決められた分子構造である。

結合角は上記の素朴な予測90°より15°ほど広がっている。

その原因を考えると,O‐H結合が作られるときに,陽子のまわりに球状に分布していた水素の1s電子が酸素原子側に移動したために,実効的に正に帯電した二つの水素原子の間にクーロン反発力が生じて原子間の距離を広げて,結果として結合角が広がったと考えてよかろう。

しかし,結合の方向性,あるいは一般的に分子の構造をもっと定量的に考えるには,電子の働きをどのように表現したら良いのだろうか?

 図6-1(b)は氷の構造である。

1個の水素原子が二つの酸素原子の間に存在して,トンネル効果によって二つの極小点の間を行き来している。

O−H結合は共有結合であり,O…H結合では正に荷電した水素原子が酸素原子の孤立電子対の方向に向いていると考えられる。

このような結合の系を水素結合といい,液体の水や生命現象の至る所で本質的に重要な役割を果たしている(第14章参照)。

氷の中では共有結合のO−Hと水素結合のO…Hは周期的に入れ替わっている。

このようにして,氷の水素結合ネットワークでは,1個の酸素原子から見て周辺にある水素原子の平均的な位置を結ぶ線は正四面体となる。

これは次節で述べるメタンと同じである。

このことは孤立電子対の方向はH-O-H面に対して垂直ではないことを示している。

前述した酸素原子の原子軌道の方向性だけで分子構造を考えることには無理がある。

多原子分子の化学結合はどのようにして出来上がるのかを調べてみよう。