第7章−ミクロの世界の観測
前章までの学習で,分子の性質を記述する理論的方法を学んだ。
第1章で述べたように,自然現象,特にミクロの世界の現象を深く理解するには,何らかの実験(観察)と理論を組み合わせなければならない。
本章では,分子を観察・測定する方法と,実験の結果から分子の形や性質を導き出す方法,あるいは実験に基づく分子の性質について述べる。(パターン7-1)、(ムービー7-1)
1.ミクロの世界の観測法(パターン7-2,7-3,7-4,7-5,7-6,7-7,7-8,7-9,7-10)
岩石中の微結晶や小さな生物あるいは細胞などを観測するには,光学顕微鏡を用いる。
これは物体表面から反射された光(可視光)を適当なレンズ系を通過させることにより物体の像を拡大して見る装置である。
これは光の散乱や屈折という波動としての性質(基本的には波の干渉効果)を利用しているのであり,区別できる微小距離の限界(分解能)は用いる光の波長に依存する。
われわれが目で検知できる短波長の限界はおおよそ400nmであるから,ほぼこの大きさが光学顕微鏡によって観測できる微小物体の空間分解能の限界ということになる。
原子や分子の大きさはさらに4桁ほど小さいから,その程度に波長の短い電磁波,つまりX線を用いれば直接原子や分子を観測できるであろうか。
X線は肉眼で直接見ることはできないので,たとえば蛍光物質に投影することを考えたとしても前記の計画は実現できない。
X線に対してレンズの役割を果たす物質が存在しないからである。
波長の短い波動の性質を持ち,しかもレンズ効果が使えるものとして高速電子を用いることが考えられる。
第1章2-(5)dで述べたように,電子は波動性(ミクロの粒子が持つ波動としての性質)を示す。これをド・ブロイ波といい,その波長はで与えられる。
また電場あるいは磁場を用いると,電子の進行方向を変えることができる。
このような性質を利用して,様々な電子顕微鏡がミクロの世界を直接観測するために利用されている。
ただし観測できるものは熱的に平均化された形状であったり,表面の凹凸状態のみであるなど,いくつか原理上の制約がある。
一方,規則的な配列を持つ結晶から散乱されたX線の干渉パターンを観測し,それに数学的な処理(フーリエ変換)を行うと,分子の形を決めることができる(第9章参照)。
上記以外に原子や分子を調べる方法として,分光法と総称される方法がある。
これはミクロの物質系が持つエネルギーの量子性(飛び飛びの準位を持つという性質)を反映し,それらの準位間の差に等しいエネルギーの電磁波を吸収したり放出したりすることを利用する方法である。
この結果,電磁波を波長(より正しくはエネルギー)に対して分解すると,電磁波の強弱のパターンが観測できる。
これが原子や分子に固有なスペクトルであり,「分子からの手紙」(第1章)である。
これはわれわれが使う言葉で書かれたものではないから,これを漫然と眺めていただけでは何の情報も得られない。
量子力学を中心とした物理学の原理に基づいて解析すると,スペクトルから何が分かるのかを次に述べてみよう。