4.分光器(パターン7-127-13,7-14,7-15)(ムービー7-97-10

 分光学とはその名前のとおり,光を波長の成分(言い換えれば,エネルギーの成分)に分割し,それぞれの成分が分子によってどのように吸収あるいは放出されるかを観測し,そのデータをもとにして分子の性質を調べる研究をいう。

その光を分ける装置を分光器という。

図7-6に分光器の3要素を模式的に示した。

 光源は一般的には様々な波長の光を連続的に放射している(連続光源)。

この光を分散素子(プリズム,回折格子等)でその波長成分に分散(分解)し,検出器で特定の波長の光の強度を検出する。

分散素子ないしは検出器を回転あるいは移動することにより,波長に対する光の強度分布(スペクトル)を測定することができる。

もちろん,分光器の要素を構成する材質や方式は使用する波長領域により異なる。以上の型の分光器を分散型分光器とよぶ。

 分散型分光器では光源のエネルギーを分散して,非常に狭い波長幅(エネルギー幅)の光を検出器に入射させるので,分解能が高いほど検出器に入る光は弱くなる。

最近では様々な良質の光源と感度の高い検出器が開発されているとはいえ,広い波長範囲を観測するには時間的にも技術的にも困難を伴う。

最近ではこれらの困難を克服する分光法として以下の二つの手法が盛んに使われている。

 第一は光源に単色光(波長幅の非常に狭い光)を用いることであり,レーザー光あるいはシンクロトロン放射光*1がある。

レーザー光は何らかの方法でボルツマン分布に従う分子の分布が反転する状態を作り出し,誘導放出により分子系に特有の非常にエネルギー幅が狭く,強度の高い光である。レーザー発振の原理や応用については第13章で詳しく述べる。

*1−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 円形の加速器などで光速度に近いほどに加速された電子が進行方向とは異なる(通常は垂直の)方向に求心力を受けて進行方向を変えるときに接線方向に電磁波を放射する。これを(シンクロトロン)放射光という。1)赤外からX線までの広範囲の波長連続性,2)高出力,3)強度安定性,4)偏光性,5)パルス性,6)指向性などの特徴がある。

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 第二はフーリエ変換法とよばれる方法である。

一定の周波数(ω0)の電磁波を非常に短いパルス(τ)で発振させると,そのパルスはω0±1/τの範囲の周波数成分を持つ電磁波を分子に照射したのと同等の効果が得られる。

これはNMRあるいはマイクロ波分光などに使われている。

 一方,赤外線や可視光線領域では,干渉計を用いた方法が用いられる(図7-7)。

二つに分けた光を光路差をつけて再び合成する。

このとき光路差が波長の整数倍のときには(山と山が重なり合い)光の強度は強め合い,光路差が波長の半整数倍のときには(山と谷が打ち消し合い)光の強度がなくなる。

片方の反射鏡を連続的に移動すると,検出器は波長により異なる干渉のパターンを同時に観測していることになる。

この光路差(x)の関数としての光の強度パターンをインターフェログラムという。

このをフーリエ変換すると波長(λ)の関数,,すなわちスペクトルが得られる。

干渉型の分光器ではすべての波長の光を検出器に入れるので,高感度で高速の測定ができる。光路差はレーザーで測定するので精密な波長測定ができるなどの利点もある。

おわりに

 分光という言葉は自然科学の研究におけるよび名であるが,電磁波を波長成分に分けること,あるいはその一部を観察あるいは使用することは,われわれが日常経験する現象や操作にも沢山ある。

 アンテナから出る様々な周波数の電波(光源に対応)をラジオやテレビで選局し(分光することに対応),音や映像として見ること(検出に対応)は一種の分光法とも言える。

虹は太陽から出る連続光を水滴をプリズムとして分光した結果である。

電子レンジは2450MHzのマイクロ波によって,食物中にある水分子の回転的振動を励起することにより加熱している。

放送授業では大気環境や生命現象の探求など広範囲の研究に分光法の知識と技術が使われている例を紹介する。

演習問題

問7‐1:YXY型の三原子分子には,3−(5)に述べた三つの型の振動()がある。二酸化硫黄()は∠O‐S‐O=119.3°であり,前記三つの振動モードの振動数(単位)は(1151,518,1362)である。一方,二硫化炭素は直線分子であり,振動数は(658,397,1533)である。それぞれの分子において,赤外スペクトルとして観測できるのはどれとどれか。また,マイクロ波領域に吸収のある分子はどれか。

問7‐2:付録を参考にして,最初静止していた電子が1Vで加速されたときの速度を計算せよ。また1eVのエネルギーをの単位に変換せよ。

問7‐3:分子が300Kの熱平衡状態にあるとする。基底状態にある分子の数の相対値を1とした場合,エネルギーで10,100,1000,10000の準位にある分子の相対値を計算せよ。