4.X線回折による錯体の構造の決定

 遷移金属錯体の構造は単結晶によるX線の回折を用いて調べることができる。

結晶中では原子が数オングストローム(1Å=100pm)の間隔で規則正しく空間に配置しているので,原子レベルの回折格子の役割を果たす。

結晶に一定波長(1Å程度)のX線の細い平行ビームをあてると,散乱X線が結晶格子の構造を反映した場所に規則的に放射される。

散乱X線の強度をX線回折測定装置(図9-12)で測定し,回折理論に基づいて解析すると,原子の空間配列が明らかになる。

すなわち原子間の距離と角度が示されるので,分子構造が分かることになる。

したがって,単結晶X線構造解析は分子構造の解析方法として最も有用なものの一つである。

最近,コンピューター制御された自動X線回折測定装置とコンピューターが著しく進歩してきたので,結晶性の化合物の構造は容易に知ることができるようになった。

遷移金属錯体の分子構造は複雑であり,元素分析や各種の分光法のみでははっきりしないことが多いので,単結晶X線構造解析は必要不可欠である。

(中心部分にあるゴニオメーターヘッドの先に0.1〜0.5mm程度のサイズの単結晶を取りつけ,左からコリメーターを通って照射されるX線をあてる。ゴニオメーターヘッドは4軸制御され,回折X線は右に見えるカウンターで検出する。図に示す部分はX線発生装置上の台に乗っている。)

 構造解析により求まる原子位置,結合距離および結合角を用いて分子軌道計算をすることができる。図9-13に単結晶X線構造解析で求めたのカチオン部分の分子構造を示す。(パターン9-3

図9-14にはの分子軌道を分子軌道法で計算した結果を示す(パターン9-12)。

これらは正八面体配位における3回軸とCo‐N結合軸を含む面への投影図であり,等高線の実線が波動関数の位相が正の部分,点線が負の部分を表す。

Co‐N配位結合はほとんどσ性の結合であり,軌道のみを用いているので,結合性軌道と非結合性軌道および反結合性軌道を等高線で示した様子が見える。実線と点線が接触する部分は結合がないことがわかる。

X線は原子の核外電子によって散乱されることにより回折されるので,回折X線強度を非常に精密に測定すると,原子核のまわりの電子分布まで解析できる。