3.酸化物超電導体の合成 




超電導とはある一定の温度(超電導転移温度)以下になると,電気抵抗が0になる現象である.

20世紀初めに発見されたが,その後の研究で絶対温度20K程度の転移温度を持つ物質が発見され,実用化されてきた.

これを用いたコイルに電流を一度流すと,低温度さえ保てば強い磁場を永久に保存することが可能である.

しかし10K程度の低温を保つには,高価で資源も乏しいヘリウムを液化して用いる必要があり,応用も限定される.

ところが1985年以後,銅,アルカリ土金属元素,希土類元素などの酸化物からなるイオン結晶で,転移温度の高い新化合物が発見され,注目を集めている.

(1)酸化物超電導体の種類



この研究は現在(1989年)文字どおり日進月歩の状態で,予想できないような大きい発展が近い将来に起こる可能性もあるので,現状で分類整理しても変更を余儀なくされるかも知れない.

一応発見された順序に表示したのが表15-3である.





これらの特色は3種またはそれ以上の元素からなる複酸化物であり,構造上は結晶格子中にぺロフスカイト型構造(表8-1,p.122)をもつ.





また化合物は不定比で,点格子欠陥をもつが,それが超電導性の発現に重要な役割を果たしている.

これら超電導体が実用化されるには,単に転移温度が高いだけでなく,電流密度の高い電流が流せる,磁場に置かれても電導性が低下しない,安定で長時間の使用に耐える,線や膜に加工しやすいなどの面が解決されなくてはならない.

しかし液体へリウムを用いずに超電導が実現できれば,例えば超高速リニアモーターカーの実現も容易になるなど,人間生活にも大きい便益をもたらすことが期待されるので,各国で新物質の発見,実用材料の開発に向けて激しい研究競争が行われている.

(2)酸化物超電導体の合成



 この合成には高温における反応で目的物を得る方法が用いられる.

すなわち,原料となる金属酸化物または炭酸塩を目的物の量比に混合し,高温に長時間保って化学平衡に達するまで反応させる.

生成物に未反応の原料酸化物などを幾らか含んでいる場合には,これを帯融解法によって精製することもある.

この精製法は第5回に説明し映像でも見たが(p.80),図15-5に装置の断面図を示した.



合成と精製の様子は映像でみる.

不定比化合物であるこのような複酸化物の合成は完全に化学平衡支配とはいい切れない面がある.

高温度に保つ時間によって酸素原子の一部が逃げさり,組成に僅かながら変化を生じるからである.

しかも,それによって超電導性に違いが現れる.

しかし不定比性の変化と加熱条件との関係は十分に解明されていない面も多く,合成には経験と直観に頼らざるを得ない所もある.

これらの困難を克服して,再現性のある合成法が確立されるまでには多くの研究が必要であろう.

(3)エピタキシャルグロース



 無機個体化合物の合成には高温度が必要であるが,必ずしも化学平衡支配系を利用するだけではない.

ある結晶(基板結晶)の表面に別の結晶を成長させて,別種化合物の薄膜をつくると,優れた物性が期待できる場合が多い.

この方法はエピタキシャルグロースと呼ばれ,半導体などの電子材料を作る時にも活用されている.

こうしてつくった,基板とは別種の薄膜状結晶で薄膜特有の超格子と呼ばれる構造のものも作成され,特殊な物性が期待されている.

酸化物超電導体の薄膜を作るさいにもこの方法を応用する研究が進められている.

図15-6にはその装置を模式的に示した.



 この時の原料は各成分元素の単体であり,基板となる他結晶の表面で酸素と反応させて複酸化物に変える.

装置全体はかなり高い真空に保ってあり,単体が揮発しやすくしてある.

各単体を入れたルツボを加熱して蒸気を発生させ,その上に置いたシャッターを開閉して,基板表面に送り込む金属原子の量を加減する.

一方,酸素を送り込む速度を変えれば基板表面付近の酸素圧を変化させられる.

また基板の温度も変化させて,基板表面で複酸化物の生成する速度を調節する.

こうした反応速度支配系を用いることによって基板上に目的とする酸化物超電導体の超格子薄膜をつくる研究も行われている.

 エピタキシャルグロースで生じる薄膜格子の厚さは原子の層にして何個という程度であるから,実験的に直接観察することは不可能である.

それでコンピューターを用いたシミュレーションによって,基板上に薄膜格子の生成する状況をみることにする.

映像でみるのは複酸化物のような複雑な化合物ではなく,最密構造をもつ基板格子の上に同種及び異種の最密構造が生じてくる場面で,実際の薄膜生成の機構を知る上で重要である.

 資料提供 東京大学理学部教授    岩村  秀
       東京大学物性研究所教授   武居 文彦
       東京大学物性研究所助教授  寺倉 清之



参考文献

全般的事項

〇 本文中の用梧の意味,物質の性質などを個別に知りたいときは次の辞典がよい.

「理化学辞典(第4版)」(岩波書店,昭和62年)

昭和10年に初版の出た伝統的な辞典であるが,第4版で内容を一新し,きわめてまとまりのよい参考文献である.

 個々の事項名,化合物名のほか,「炭素化合物」「チタン化合物」「水素化物」などのまとめもよい.

〇 物質の性質や化学反応に伴う正確なデー夕を知ることはきわめて重要である.データブックでは次の書がよい.

「化学便覧(基礎篇)」改訂3版(日本化学会編,丸善版,昭和59年)

O 物質の合成は科目の中ではあまり取上げなかったが,大切な内容である.実験室での化合物の合成は次の本がよい.

「新実験化学講座8,無機化合物の合成.I,U,Vj(日本化学会編,丸善版,昭和52年)

一方工業的な製法が知りたい時にはよいのは
 「化学便覧(応用化学編)j I.プロセス篇,U.材料篇(日本化学会篇,丸善版,昭和61年)

O 無機化合物についての,「化学教科書」のような本はきわめて種類が多い.

叢書的なもので,全体を見通すには
 「岩波講座現代化学」(岩波書店,昭和54年〜昭和56年)が最も一般的である.
24巻34冊の大部なものだが,必要な部分を読めば深い理解に没立つ.

入門的に本科目のさらに基礎となる部分を復習するには次のシリーズがよい.

「新基礎化学シリーズ」(日本化学会篇,太日本図書版,昭和49年へ-52年)

さらにくだいた内容のものには,次のシリーズがある.

「化学の話シリーズ」(培風館版,昭和57年〜6巨年)

「ポピュラーサイエンス」(裳華房版,昭和62年〜)

各項目に関する事項

〇 分子に関する事項(2〜5回)

「分子の世界」(化学同人版,昭相60年)

「分子の立体構造と反応 上,下」(「岩波講座現代化学」第7巻,前述の一部)

「集合体の化学下」(同上第6巻)

〇 高分子に関する事項(6回)

「高分子化学j(同上第10巻)

「機能性高分子」(同上第20巻)

「高分子化学の基礎」(「新基礎化学シリーズ6j,前述」

〇 金属に関する事項(7回)

「金属の話」(「化学の話シリーズ2」,前述の一部)

「元素と周期律(改訂版)」井口洋夫著(裳華房,昭和53年)

〇 イオン結晶と溶液(8〜10回)

「物性化学」松永義夫著(裳華房版,昭和56年)

「溶液反応の化学」大滝仁志,田中元治,舟橋重信著(東京大学出版会,昭和52年)

○ 錯体(11回)

「新しい錯体の化学」粛藤一夫著,(大日本図書版,昭和61年)(入門的)

「錯体化学」山埼一雄,中村大雄著(裳華房版,昭和59年)(やや専門的)

〇 生物無機化学(12回)

「入門生物無機化学」中原昭次,山内修著(化学同人版,昭和54年)(やや専門的)

O 有機金属化学(13,14回)

「有機金属化学」山本明夫著(裳華房版,昭和57年)(やや専門的)

「無機合成化学」 中村晃,粛藤太郎著(裳華房版,平成元年)

〇 先端材料(14,15回)と合成(15回)

日進月歩の分野で,全般をつかむことはむつかしい.

物質の合成については,無機物は前述の「無機合成化学」および初めにあげた「新実験化学講座」がよく,有機合成については,同じ講座の「有機化合物の合成」,さらに,岩波講座現代化学第14回にも「物質の合成上下」がある

放送大学印刷教材
 「基礎化学」「物質とエネルギー」「物質の化学,T,U」は全般的に,「物質工学」は先端材料に関係深い.



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