5.振動する化学反応



 化学反応に関するこれまでの説明では,反応がどのような素反応から構成されているかがわかれば,初期条件に従って反応の進行は予測できると考えてきた.

しかし,化学反応は,その速度式をみてわかるように,反応物の濃度の2次に依存するのが基本であって,反応全体は多くの素反応が組み合わさって進む非線形なプロセスである.

非線形過程では,初期条件の少しの差で反応の進行が大きく変わることがよく起こる.

 非線形反応の特徴的な例として「自触媒」反応を挙げよう.

反応の中に一つまたはそれ以上の「自触媒」反応が含まれていると,奇妙な化学反応の進行がみられる.

自触媒反応とは,速度が生成物の濃度に依存する反応である.

いま,次の二つの反応によって反応物Aが生成物Pへ変化するメカニズムを考えよう.

    A → P                         (12.21)
    A + P → 2P                       (12.22)

 反応(12.21)では,Aが1次反応でPを生成するが,生成物の濃度がある程度以上になると,反応(12.22)の速度が生成物濃度に比例するので,その速度はどんどん大きくなる.

つまり,反応が進行すれば加速度的にその速度が大きくなるので,自触媒反応といわれる.

自触媒反応では,ほとんど爆発的に反応が進行し,反応物がすべて消費されて反応が停止する.

 反応の自触媒作用は,電気回路の増幅器の出力を入力側へフィードバックするのと類似している.

電気回路では,正のフィードバックの場合に発振現象が起こる.これと同じように自触媒作用を持つ反応の場合でも,反応に関与する化合物の濃度が振動することがある.

これを化学振動反応という.

振動反応の形態は,反応の環境によって変わる.

反応系が撹拝されているとき,濃度の振動が周期的な色の変化や電位その他の性質の変化として観測される.

また,撹拝されていない系では,濃度が時間的に変化するとともに場所によっても変化し,それが複雑な模様として現れる.

 振動する化学反応を最初に発見したのは,二人のロシアの化学者べローゾフ(B.P.Belousov)とザボチンスキー(A.M.Zhabotinsky)で30年程以前のことである.

べローゾフ・ザボチンスキー(BZ)反応は,化学における新しい振動現象として多くの研究者の興味をひきつけて来た.



BZ反応は,酸性溶液中で有機化合物の臭素酸イオンによって酸化される反応である.

この反応は金属イオンの酸化還元(たとえば,Ce4+ / Ce3+)によって触媒的に進行する.

反応は二つの主な過程からなっている.

過程Aでは,臭素酸イオンBrO3-からBr-への酸素原子移動で,最終的には有機化合物を攻撃する臭素Br2を生成する.

過程AはBr-イオンの存在下で進行するが,過程Bでは,Br-の存在なしにBrO3-のBrO-への還元が,金属イオンの酸化(Ce3+ → Ce4+)によって起こる.

過程AとBは,金属イオンの酸化還元を仲立ちにして交互に起こることができる.

 BZ反応は,その非線形性の故に極めて初期条件に鋭敏に依存する.

臭素イオンBr-の濃度を電極電位によって定量した結果を図12-4に示す.



反応系の初期条件は,a,b,cでそれ程大きく違っていないにもかかわらず,振動の様子は随分違う.

このように,振動する反応のシステムでは,予測することが難しい点にその本質があるように見える.

 振動する化学反応は,単に珍しい反応であるというだけではない.

生体系では,多くの振動する化学反応システムが,生体機能を支えている.

そのような複雑なシステムのモデルとしてBZ反応の研究は意義深い.


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