4.光エネルギーの変換
●光合成
ここで話題を「光→化学エネルギー変換」に切り替え,植物の行っている光合成を化学の目で眺める.
とくに,光合成プロセスが太陽光エネルギーをどのような効率で物質の化学エネルギーに変換しているかの理解を目指す.
まずは,人間の生存・活動を含めた地球上のあらゆる営みにとって光合成がきわめて大きな役割を演じる事実は,次の3点がよく語る.
1 野菜・果物・肉など,私たちの食物は(食物連鎖を通じてにとごとく植物の光合成から生まれる.
2 生活や産業に欠かせないエネルギー源は,大半が過去(数千万年〜3億年前)の光合成産物である.
3 光合成活動は,1年間で大気中CO2総量の約5分の1を有機物質に変え,地球上の炭素循環を維持している.
●太陽光エネルギー
快晴で太陽が真上にあるとき,地表の1 m2に降り注ぐ光エネルギーは約1 kW(1000 Js-1)となり,これが地球上の最大値に当たる.
日本の緯度では,光エネルギー密度の最大値は約800 Wm-2だが,昼夜・晴雨・季節による変動をすべてならした実測値として約145 Wm-2という値が知られる.
これに3600(秒)×24(時間)×365(日)をかけ,あとの話との関係上,1 m2あたりから1 ha(10000 m2)あたりの値に換算すると次のようになる.
日本で1 haの面積が受ける太陽光エネルギーの年間値
= 4.6×1010 kJ ha-1 y-1 (14.17)
●光合成の基礎反応
光は,波の性質(干渉・回折など)とともに,粒子の性質(光電効果・コンプトン散乱など)ももつ.
そして,光の関係した化学変化(光化学反応)は,もっぱらエネルギー粒子としての光(光子=フォトン)が引き起こす.
光合成では,太陽光をまずクロロフィルという色素分子が吸収する.
光の吸収は図14-5のイメージで起こり,1個の光子が消え,1個の電子がエネルギーの高い状態(励起状態)に打ち上げられる.
打ち上げられた電子(励起電子)は他の物質に移りやすく,電子の抜け穴は他の物質から電子を奪いやすいので,これを引き金にして電子授受(酸化還元反応)が進む.
その結果,最初に吸収された光エネルギーが,生成物の化学エネルギーに変換されることになる.
光吸収に続いて起こる一連の電子授受(まだ不明な部分も多い)を略すと,光合成プロセスは,次のように,二酸化炭素と水からグルコース(ブドウ糖)と酸素ができる反応だと考えてよい.
(14.18)
各物質の値(CO2 : -394.36 kJmol-1,H2O : -237.13 kJmol-1,C6H12O6 : -910 kJmol-1)から計算すると,反応(14.18)のギブズエネルギー変化は +2880 kJとなる(確かめよう).
このときできるグルコース1モルの質量は180 gで,植物体をつくるセルロースはグルコースの重合物だから,取り込みエネルギー値と植物の重量増加は,おおむね次の関係で結びつく.
蓄積エネルギー 2880 kJ ⇔ 重量増加 180 g (14.19)
この関係と式(14.17)をもとにすれば,作物の収量から太陽光エネルギー変換効率が見積もられる.
●太陽エネルギーの変換効率
太陽光のスペクトルは,図14-6のように,紫外線から可視光を経て赤外線まで,広い波長範囲に及ぶ.
赤外線はクロロフィルに吸収されないため,これだけで変換効率は50%近くに落ちる.
次に,光吸収の仕組みと,光合成の内部メカニズムに起因するエネルギー損失が,変換効率を8%レベルまで落とす.
さらには,光吸収の不完全さ(植物が緑色をしている事実),植物の生理(成長や代謝にエネルギーをつかう事実)を考慮に入れると,太陽エネルギー変換効率の理論的上限値は2〜3%になる.
作物を含めて野外の植物が育つには,少なくとも数ヶ月の時間がかかる.
その間に生育条件も変わるから,生育の全期間で平均すると,太陽光エネルギー変換効率はせいぜい1%レベルと予想できる.
現実にそうなることを,稲作を例にして当たっておこう.
稲作にはほぼ5ヶ月を要する.式(14.17)は年間値なので,これを5/12倍し,次に1/100(1%)をかければ,1 haあたりに期待できる蓄積エネルギーは1.9×108 kJとなる(確かめよう).
さらに(14.19)の関係をつかって,エネルギーを植物体の重量に換算すると,1.2×107 gつまり12トンになる.
この重量は,いわゆるコメだけでなく,稲の茎・葉・根も合算したもので,コメの部分は全体のほぼ半分に当たる.
統計データを見ると,日本のコメ生産量は1 haあたり約6.5トンで,今の見積もりによく合う.
以上から,植物の光合成は効率ほぼ1%で太陽の光エネルギーを物質(セルロース)の化学エネルギーに変換するシステムだとわかる.