4.触媒の応用
図15-1に例示したように,多種多様な触媒が物質・材料や燃料の合成に用いられている.
ここでは,物質合成ではなく,環境浄化に役立つ環境触媒の例として,ガソリン自動車の排ガス浄化触媒について説明しよう.
ガソリン自動車の排ガスに含まれる主な有害物質は,光化学スモッグや酸性雨の原因となる未燃焼の炭化水素(HC),一酸化炭素(CO)と一酸化窒素(NO)の3成分である.
エンジンに供給する空気と燃料の比(空燃比)によって排ガス中の3成分の組成はおよそ図15-8のように変化する.
空気が少ないと不完全燃焼のためHCやCOが増加し,空気が多いとよく燃えるがNOが多くなる.
走行状態によって排ガス組成は変動するが,排ガス中の酸素濃度を常時モニターし,排ガス中の還元性成分(HC,CO)と酸化性成分(NO)が常にバランスするよう空燃比を制御している.
そうすると,排ガスが三元触媒と呼ばれる高性能触媒(図15-3参照)を通過する際に,これら還元性成分と酸化性成分が互いに反応して3種の有害成分が同時に除去される((15.8)式).
HC,CO + NO → CO2,N2,H2O (15.8)
このように,触媒,酸素センサー,コンピュータ制御の燃料供給装置などを要素とする高度な触媒システムとなって機能している(図15-9).
現在,この三元触媒システムがすべてのガソリン自動車に装備され大気環境の改善に貢献している.
最後にこれからの触媒(次世代触媒)についてふれよう.
工業(合成)触媒とバイオ触媒(酵素)を表15-2に比較した.
多くの場合,低温で比べれば酵素の方が反応は速いが,高温での工業触媒の反応速度はそれよりもさらに速い.
発熱反応は,工業触媒が得意な高温で反応させればその熱が有効に利用できるが,室温での排熱は利用不可能である.
表15-2に見るように,両者には一長一短があり,また適用される反応も非常に異なる.
酵素は優れた特徴を持った触媒で,工業触媒が学ぶべき点もあるが,両者は独立で相補的な場合が多く,いたずらに酵素を触媒の理想とするのは正しくないことがわかろう.
周知のように,資源,エネルギーの供給限界と環境破壊の許容限界が遠くない将来に見えている.
我々は,大量生産,大量消費の資源一方通行の社会を脱却して,省資源,省エネルギー,リサイクルの社会へ移行して行かねばならない.
そのために物質や化学エネルギーの変換の鍵を握る触媒によって解決すべき課題は多い(表15-3).
優れた活性,選択性,耐久性を持った触媒の開発が各方面で望まれており,現在,そのために多くの研究が進められている.