3.相転移の例




●磁気相転移


 遷移金属元素や有機ラジカルのように,不対電子が存在すると磁性を持つようになる.

それは電子がスピンを持ち,スピンは小さな磁石とみなせるからである.

分子にそなわった全スピンを矢印で表し,結晶格子上に並べたのが図8-5である.



高温でスピンが乱雑な方向をダイナミックにとっている状態(a)を常磁性といい,外部から磁石を近づけても引きつけられない.

結晶の温度を下げて熱運動をおさえていくと,相対的にスピン間相互作用の方が強くなり,ある温度以下で(b)のような強磁性あるいは(c)のような反強磁性状態が現れる.

強磁性状態はスピンが一定方向に揃って配向しているので,結晶が磁石となる.反強磁性の場合にはスピンは整列しているが,同じ数だけ逆方向に整列するので全体としては磁石にならない.

磁性体としては金属やフェライトのような金属酸化物がよく知られているが,最近は研究が進み,純粋な有機物で強磁性体になるものがつぎつぎと合成されている.

●液晶と柔粘性結晶






 図8-6は結晶と液体の関係を模式的に示したものである.

結晶中では分子の重心位置も分子の配向方向もきちんと定まっており,全体としては対称性の低い状態に落ちついている.

当然光学的に異方性となる.

通常の分子性結晶は融解と同時に重心位置も配向も無秩序化し,等方性液体に転移する.

通常いわれている融解である.

 ところが分子の形が極端に長くなると融点では重心位置だけが乱れ,配向がほぼ揃った状態が出現ずる.

当然のことではあるが,さらに温度を上げるとついには分子の配向もばらばらになり等方性液体となる.

つまり液晶状態は,典型的な結晶と液体の中間に存在する中間状態とみなせる.

液晶性化合物を加熱した場合の熱分析の様子を示したのが図8-7である.




図の縦軸はエンタルピーの温度変化すなわち熱容量とみなせる.

それぞれの相転移温度で,熱異常のピークが観測される.

液晶には様々な分子配列が知られているが,棒状分子からなる液晶の代表的なものを示したのが図8-8である.




分子の配向だけがほぼ揃ったネマティック液晶(a),分子が層状構造に配列したスメクティック液晶(c),光学活性の分子がらせん配列をとるコレステリック液晶(d)などがある.

図8-9はOHMBBAと略称されている棒状分子からなる化合物の熱容量曲線である.




結晶が314.3 Kで位置融解しネマティック液晶になり,さらに加熱すると333.7 Kの澄明点で配向融解し等方性液体に相転移する.

このネマティック液晶を急冷すると結晶化することなくネマティック状態が凍結され,204 K以下で熱力学的には非平衡状態であるガラス性液晶状態が実現される.

0 Kでの残余エントロピーは12.7 JK-1mol-1とかなり大きな値となる.

 他方,分子の形が球形に近い場合には図8-7に示したように,結晶状態で分子の配向無秩序化に基づく相転移が起こり,大きなエントロピーを獲得することがある.

したがって,このような結晶の融解エントロピーは極めて小さく,希ガス固体の融解エントロピーくらいになる.

球形に近い分子の代表例として図8-10に示したのがサッカーボール状のフラーレンC60である.

この結晶の熱容量(図8-11参照)は262.1 Kに大きな相転移を示し,相転移温度の高温側では分子の配向が極度に乱れた状態にある.




転移エントロピーは45.4 JK-1mol-1であり,単純にボルツマンの原理を当てはめると,配向の数は約240となり,自由回転に近いものになっている.

この結晶を冷却すると,約85 Kのあたりに熱容量に小さな階段状の異常が観測される.

これは分子が結晶格子の中で正しい向きに落ちつこうとするのに時間がかかり,平衡到達を待たずに測定したために起こるガラス転移現象の結果である.

 表8-1に示したように,相転移には多種多様のものがあるが,ごく代表的なものしか紹介できなかった.

相転移は分子の形,分子間相互作用,分子運動の三つの微妙な協奏効果で起こるので,物質の本性を明らかにするには相転移現象を研究するのが手っ取り早いことが多い.

相転移は興味深い課題として,現在でも研究が盛んに行われている.


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