第1章 物質構造の基本




物質という言葉は精神に対する意味でも用いられるが,ここでは物体に対する表現として,物を形作っている実体を指す。

自然界は無数の物質から成っているし,人類はきわめて多種類の物質を活用して文明を築いてきた。

18世紀以後の近代的自然科学は,物質構造の基本について正しい考え方を確立し,物質の学の体系を建てることに成功したのである。

「すべての物質は基本粒子―原子―が色々に組合わさり,集まることによって生じる。個々の物質の性質や機能は,どういう種類の原子がどのように結び合わされるかによって決まる。」
 
第1回では,複雑な物質が構成されて行く順序を眺め,最も基本的な粒子である原子の性質を調べよう。

1.物質構造の基本



(1)近代的物質観



 人類が物の形だけでなく,その中身について注意を向けるようになってから,「物をつくるもとになる粒子が何かあるのではないか」という疑問は古代人も感じていたようである。

中国では「陰陽五行(いんようごぎょう)説」,インドでは「四大(しだい)説」,ギリシャでは「四元素説」「原子説」などが提唱された。

中世の錬金術師達にも「三元素説」(基本元素は水銀,硫黄,食塩)を信じていた人が多い。

しかしこれらは哲学的思考または瞑想に基づくもので,実証的根拠をもたなかった。

18世紀末に姶まった新しい化学が,近代的科学に成長できたのは,実験に基礎をおき,偏見に捕われない考察を進めた結果である。

今日の正しい「物質観」の基礎はその時以来のもので,自然科学―化学・物理学・生物学・地学―に共通である。 

「現在宇宙に存在するすべての物質は約100種の原子の組合せによって生まれる。物質のすべての性質は構成原子の種類とその集まり方で定まる。」

(2)原子と元素



 物質を構成する具休的な基本粒子を「原子」atomと呼ぶ。

その語源はギリシャ語の「分けられない」からきている。

個々の原子の種類を示すのに元素という表現を用いる。

炭素原子は直径100億分の1 mほどの粒子であるが,炭素という元素名は原子の種類を示す抽象的な言葉である。

元素の種類は今日103種類が確認されている。

純物質に限っても数千万種に及ぶ物質はすべて103種の原子の組合せで生まれる。

同一種類の原子が集まってつくっている物質を単体,2種以上の原子からなる物質を化合物という。

炭素原子だけからなる単体にはダイヤモンドおよび黒鉛(グラファイト)の2種がある。炭素化合物は1千万種位ある。

原子は基本粒子であるが構造をもっている。

その質量は10-24〜10-22gで,原子核と呼ばれる半径10-14m程度のごく小さい部分に集中している。

原子核は正電荷をもち,そのまわりには電子という負電荷をもつ小粒子があって,原子全体としての大きさは10-10m程度である。

原子核は特殊な場合を除いて自身で変化することはないが,電子は状態が変わりやすく,原子が他の原子と相互作用するときに重要な役割を果たす。

元素の名称は,発見の歴史,顕著な性質などに基づいて個別につけられたもので,命名の由来は面白いが,全く無系統である.

しかし元素が103種存在することは決して偶然ではなく,原子構造に基づいて系統的に整理できる。

すなわち原子核の持つ正電荷の電気量は1.6022×10-19C(この電気量は電気量の最小単位で,電気素量という。Cは電気量の単位クーロン)を単位として1〜103の値を持つ。

この1〜103の整数を,各原子の原子番号と呼び,Zで示す。

原子番号はそれぞれが103種の元素に対応する。

例えば,Z=1の原子核をもつ原子は水素という元素の原子であり,水素は1番元素といってもよい。

Z=26の原子核をもつ原子は鉄という元素の原子で,26番元素と言えば鉄元素と同じ意味である。



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