2.酸化還元電位
(1)液相での酸化還元に伴う電位変化
金属が陽イオンとなって水に溶ける時,金属原子の持つ電子の一部は電極に渡されるから,金属原子は酸化されたことになる.
この変化の難易を標準電極電位で示すのと同様に,溶液中で起こる酸化還元反応,特にイオン価の変化を伴うような反応についても同じような表示が可能である.
この時は電極は電子の授受に直接参加しないけれども,溶質であるイオンの電子授受を反映し得るような電極を用いれば電流を取り出せるし,イオン間の電子移動に伴う電位の変化を数値として示すことが可能となる.
このような電池を酸化還元電池,またこの時の半電池の電位を標準酸化還元電位と呼ぶ.
硫酸酸性溶液中で4価セリウムイオンCe4+は2価鉄イオンFe2+を酸化するが,これを半電池に組み立てよう
Pt | Ce3+,Ce4+‖Fe2+,Fe3+│Pt
(‖は塩橋)
この時はセリウム側が正,鉄側が負の極となって約1.2Vの電位差を持つ電池となる.
そしてCe4+かFe2+のどちらかがなくなるまで電流は流れ続けるが,濃度変化に伴って起電力は少しずつ低下する.
この系にもネルンス卜式が成立し,式(10.7)は式(10.11)のように書ける.
イオン価の変化は両方ともn=1である.
セリウム側
E>o=2.10+(RT/F) loge([Ce4+]/[Ce3+])
鉄側
Er=0.771+(RT/F) loge([Fe3+]/[Fe2+])
(10.11)
25℃において(RT/F)は0.0257Xであるから,[Ce3+]/[Ce4+]の比が著しく小さくなり,[Fe3+]/[Fe2+]の比が極めて大とならない限り,セリウム側半電池電位から鉄側のそれを差し引いたEo−Er)の値は正となり,電流はセリウム側から鉄側に流れるわけである.
化学実験室でしばしば観察される酸化剤・還元剤の標準酸化還元電位を表10-1の下半分に示した.
ここでもハイフンの左側のイオン(または分子)が電子を獲得して右側のイオン(または分子)になる時の電位を表示している.
表示の数値が大きいほど左側のイオンが強い酸化作用を持つ.
負の値は酸化剤・還元剤が等濃度のときは(つまりネルンス卜式の右辺第2項が0の時は)右側の還元生成物が安定であることを示す.
(2)酸化還元の難易
次項に述べるとおり,酸化還元電位は酸化還元反応に伴う系の自由エネルギーの変化を直接反映している.
組み合わせた半電池の各電極電位から電池の起電力を算出したのと同様にして,表10-1の値に基づき反応の起こりやすさを推定できる.
セリウム(W)と鉄(U)の反応は,電池に組む代わりに両溶液を混合した場合も起こり,Ce4+、かFe2+が完全になくなるまで続く.
この時もネルンストの式(10.11)が成立する.ただし電流は発生せず,熱エネルギーが放出される.
もし反応開始時点でCe4+とFe2+の量が等しいとすると,Eo−Er=0となるのは未反応のCe4+およびFe2+の濃度がもとの10-10まで減少した時であり,酸化還元反応は完結したとしてよいことになる.
すなわち,与えられた温度・濃度の条件下で,ネルンス卜式に基づいて算出した酸化剤側のEoから還元剤側のErを引いた差が正となる反応は(Eo-Er>0)ひとりでに起こる.
ネルンス卜式が成立することはイオン濃度の影響が無視できないことを示すが,一応の目安としてこの寄与を無視すると,Eoが酸化還元力の尺度として役立つ.
(3)ギブス自由エネルギーとの関係
一般に固相・液相の反応では温度と圧力一定という条件が保たれることが多い.こういう系では,ギブス自由エネルギーΔGの増滅が反応の傾向を示すポテンシャルである。
ΔGは反応熱ΔH,反応のエントロピーΔSと式(10.12)で関係づけられる.
(Tは絶対温度) ΔG=ΔH−TΔS (10.12)
反応熱はカロリメーターなどを用いる直接測定で求められる.
エントロピーは系の持つ自由度に関係づけられるが,直観的にはつかみにくい量である.
均一相反応の平衡定数KTとΔGとは式(10.13)で結ばれる.
−ΔG=RTlogeKT (10.13)
色々の温度TでKTを求めれば,この式を用いてΔGが算出される.
しかしこの方法が満足に適用できるのは気相反応の場合だけで,液相反応においては必ずしもうまくゆかない.
温度が変化すると液体構造が変化したり,溶質の溶媒状態が変わることが多いためである.
液相の関与する反応において,ΔGを実験的に求めるほぼ唯一といってよい方法は反応に伴う酸化還元電位の測定であり,式(lO.14)が成立する.
Fはファラデー定数,nはやり取りされる電子数である.
−ΔG=nFEo (10.14)