2. 金属錯体の構造
結晶状態における錯体の構造は,X線回折装置(第7回,映像)を用いて決定できる.
実際上の困難は1/10mm程度の単結晶が作れるか否かである.X線回折法で判明するのは原子(またはイオン)の空間的配置であって,原子間の結合や,個々の原子の電荷についての直接情報は得られない.
一方溶液中のX線回折法(p.137)は原子間距離について精度の低いデ−タを与えるだけで,原子の配列方向は示さない.
溶液中の構造は結晶構造を基準として,吸収スペクトルなどを比較し推定する.
(1)錯体構造の分類
X線回折実験による錯体の構造デー夕を整理すると,中心イオン周りの配位子ことに配位原子の並び方に著しい規則性があることが判明する.
中心イオン周りの配位原子数一配位数一に基づいて整理すると表11-1のような少数の夕イプに分けられる.
中心イオンの種類によりどの構造をもつ錯体が生成しやすいかが決定されることが多いが,同一イオンでも配位子の種類によって構造が変化することもある(カドミウムの例,p.167).
X線回折法などの測定装置が用いられるずっと以前,19世紀末にウェルナーは化学的方法で,異性体の数や化学反応生成物の種類を調べ,3価コバルトイオンの錯体が6配位正八面体構造を,2価白金イオン錯体が平面四角形構造をとることを明らかにした.
その経過は極めて興昧深く化学研究の優れた実例を示しているが,詳細は参考文献にゆずることにする.
(2)キレー卜
配位分子またはイオン1個の中に配位原子が2個以上含まれると(この数を配位座数という)金属イオンを含む環構造ができる.
図11-5のエチレンジアミンNH2CH2CH2NH2は2座,edta4-は6座,図12-1(p.184)のテトラピロール環を持つ配位子は4座配位子である.
化学分析に用いられる錯体や,生体の重要機能を担う錯体には環構造をもつ例が多い.
これらの環をキレート(環)(カニの鋏の意昧)という.
キレート環は5または6個の原子を含むものが安定で,それぞれ5員環,6員環という.
飽和炭素鎖からなる有機分子を配位子とするキレート環はgauche配座(p.53)をもつことが多い.
しかし芳香族化合物を配位子とするものや,アミノ酸イオンのアミノ窒素とカルボン酸イオンの酸素原子を配位原子にもつものは平面またはそれに近いキレート環を持つ.
化学分析に用いられる多くの有機試薬と金属イオンとの反応も,有機試薬が多座配位子となって水和水分子を置換するキレー卜錯体生成反応である.