第6章 高分子化合物
これまでは,物質を構成する基本粒子として分子を取り上げ,それが集団を作る段階をみてきた。
しかし衣食住の材料をはじめ,日常生活の場で接する物質の大部分はそのようなものではなく,分子量の大きい高分子化合物である。
今回は有機・無機の高分子化合物を通観し,小分子から高分子化合物への変化,高分子物質の特色を調べる。
高分子化合物は工業から日常生活に及ぶまで色々の実用材料として重要であり,また生体構成物質としても大切なので,他の科目でも取り上げられることが多い。
ここでは多様な物質の一種として基本事項を概観する。
1.高分子化合物とは何か
(1)コロイドと高分子
1861年当時,溶質が溶媒中に広がる速度(拡散速度)を研究していたグラハムは,溶質の種類によって拡散速度に大きい変化があることを発見した。
塩類や有機分子の大部分が速く拡散するのに比べ,ゼラチン,デンプンなどは拡散がきわめて遅い。
それらの物質は結晶しにくく,溶液は粘度が高く濁った感じで,横から光を照射すると光の通路が見える。
グラハムはこの様な物質をコロイド(謬質)と呼び,結晶性の物質と区別した。
その後多くのコロイドが発見され,普通は結晶で得られる硫黄や金などもコロイド溶液を与えることが判明した。
20世紀になるとコロイドとは物質自体の種類ではなく,物質の状態の種類と考えるべきだということが分かった。
溶質粒子の直径が1μmより小さく,1nmより大きい状態にあるものをコロイド粒子といい,その溶液をコロイド溶液と呼ぶ。
また液相だけでなく,気相(霧や煙),固相(発泡スチロール,色ガラス)でもコロイド状態の存在が明らかになった。
コロイドを与える物質の中には,コロイド状態でだけしか存在しない物質もある。タン白質,デンプンなどの生体物質に多く,分子コロイド(または真性コロイド)と呼ばれた。
これらの物質は,適当な方法で分解すると比較的簡単な分子(アミノ酸,単糖類など)を与えることが判明し,小分子が集まって分子コロイドを生じることが明らかになった。
しかし1920年代までは小分子が分子間力(第4回)で結合して分子コロイドを造ると考えられた。
(2)高分子化合物の定義
1930年頃,シュタウディンガーはポリエチレンなどの付加重合体(p.87)の研究から,高分子という考え方を明らかにした。
タン白質,ゴムなどの天然物や,ポリエチレンなどの合成高分子物質は104〜106の分子量をもつ分子の集合体である。
個々の高分子は,単位となる小分子(単量体)がつながって生じた分子で,その集まりである高分子物質は、元素組成や単量体の構造が同じでも,つながる程度によって分子量の異なる分子を与える。
また色々の性質も分子量の小さい低分子化合物とは著しく異なる。
単位小分子を結ぶ力は分子間力ではなく,通常の共有結合である.
このことはシュタウディンガーが初めて明らかにしたが,その後高分子化学は急速の進歩を遂げた。
ポリマーというのは高分子物質とほぼ同じ意味である。
今日では,分子量10,000以上の分子を高分子と呼ぶ。
構成単位となる小分子を単量体,何個の単量体が集まって高分子となっているかを示す数を重合度という。
また,個々の分子の分子量は一定していないので,平均分子量という表現が用いられる。
高分子の分子式を示すには単量体のそれを用い,必要に応じて重合度を添える [(-C2H4-)250等] 。
ある量の高分子物質の中で,どういう分子量の高分子がどのくらい含まれているかを示すには「分子量分布」という値を用いる。
平均分子量も,分子数について平均するのと,質量について平均するのと2種の方法がある。
分子量Mi(i=1,2…)をもつ分子Ni個が集まっている高分子物質中で,次の定義が可能である。
数平均 <Mn>=ΣMiNi/ΣNi
質量平均 <Mw>=ΣMi2Ni/ΣMiNi (6.1)
分子量が揃っているほどMn/Mwの比は小さく,分布が広がっているほど比は大となる。
(3)高分子の種類
高分子の構造をみると,木綿繊維や石綿など線状に長いもの(まっすぐなものも枝分れしたものもある),ポリエチレンシートや雲母のように膜状に広がったもの,ゴムや水晶のように三次元の網目をつくっているものなどがある。
単量体は有機分子・無機分子(イオンをも含む)のどちらの場合もある。
天然に存在する生体関連高分子も多くの種類が知られており,最近の合成工業の進歩で生み出された合成高分子の種類は一層多い。
それらは,セルローズ,デンプンなど固有の名称で呼ばれるほか,ポリエチレン,ポリアクリルアミドのように単量体の名を冠して呼ぶことも多い。
高分子物質の分類には,物性を基礎とする方法,単量体の種類に基づく方法などがある。
しかし性質を理解するためにも,実用上からも重要なのは単量体から高分子を生ずる際の化学反応を基礎とする分類方法である(表6-1)。