4.格子欠陥と機械的性質



 粘り強くて破損しにくく,種類によって程度の差はあるが線や薄板にできるのも金属の特色である。

引張りや捻れ,圧縮に抵抗する性質を機械的性質と呼ぶ。

これらの性質は金属結合の強さに依存するだけでなく,金属結晶の不完全さ―格子欠陥―に支配される。

また小さい結晶の集まり方にも影響される。

(1)多結晶集合体



 通常の金属は単結晶でなく,多くの結晶の集まりである。

使い古されたドアの取っ手などにみられるとおり,個々の結晶のサイズは数mmからさらに小さい物まで色々である。

またそれらの形も多様である。

一般に金属は多少とも不純物を含んでいるが,個々の結晶が成長する時,不純物ははじき出されて結晶表面に集まるので,結晶粒界には不純物が多い。

 個々の結晶の形や大きさは結晶のできた時の温度や冷却速度に依存する。

多くの金属は温度によって安定な構造が変化する(変態)。

そのため高温に保って安定形を造らせ,急速に冷却するとそのままの構造を保持できる。

いったんできた高温安定形結晶が室温安定形に変化する速度は室温では極めて小さいからである。

この操作は「焼き入れ」と呼び,金属製錬工程ではこのような熱処理がしばしば用いられる。

(2)格子欠陥



 単結晶一つ一つにおいても結晶は決して完全なものではなく,次に述べるような種々の不完全さを持っている。

これらを格子欠陥と呼ぶ。

@)面欠陥 

  結晶のある面にわたって結晶の規則性が崩れるのが面欠陥である。

  単結晶の表面は原子の規則的な配列が途切れる所であるから,不純物のことを考えなくても著しい面欠陥である。

  ここでは原子間距離が伸びたり,凸凹が生じたりすることも多い。

  他のタイプの面欠陥は積層欠陥と呼ぶもので,結晶内部である面の重なり方が不規則になる場合である。

  面心立方格子(A1)の3段繰り返し積層中で,ある面の重なり方が2段繰り返しの六方最密構造型になるのがその著しい例である。

  面欠陥の部分では結晶中に歪みを生じ,そのため金属の機械的性質に影響を与える。

一方単結晶表面にわざと別な結晶を成長させ,特殊な物性の現れることを利用する技術もある。(第15回,超格子)

A)線欠陥

  結晶中のある線に沿って格子の不完全さが出現するのを線欠陥と呼ぶ。


  二つのタイプがある。(図7-5,p.65をも参照)



   刃状(じんじょう)転位は金属に普通にみられる欠陥で,多くの場合1cm2当り106程度は存在する。

  これに図のような横からの力(ずり応力)を加えると,刃状転位の移動が起こる。

  転位の位置が変化すると,すべり面の上下では原子の位置が恒久的に変わり,結晶は変形したことになる。

  刃 状転位を移動させるのに必要な力は,金属原子の結合を切断するよりはずっと小さい。

  金属を圧延したり,鍛造する時は転位の移動で変形が起こっている。 

  らせん(螺旋)転位は結晶中で原子が部分的に位置を変えることによって生じ,転位線の周りにらせん状の斜面が現れるが,結晶格子は転位線のごく近くのものだけが歪む。

  融解状態から結晶を成長させるとらせん状に成長することが多く,らせん転位を生じながら結晶化してゆく。

B)点欠陥 結晶格子中の格子点が脱落したもので,空格子点がそのまま残り,抜けでた原子が結晶表面まで押し出される場合と,原子が他の原子の隙間に入り込んだ場合とがある。この型の欠陥はイオン結晶において重要な意味を持つ。(p.130)

(3)機械的性質



 基本的データとしては,弾性率,圧縮率,強さ,硬さ,もろさなどがある。

固体に力を加え,その力を除いた時に元の形にもどる場合を弾性変形,もどらない場合を塑性変形と呼ぶ。

弾性率以外は塑性変形に関する尺度である。これらは次の尺度で表示できる。

@)弾性率

  物体に力をかけたとき生じる変形の程度を示す尺度。

  変形の方向により表7-1のように整理される。



  弾性率がどの方向でも同一の場合は等方性であるといい,弾性率どうしは右欄の関係を持つ。

  すべての値は力/面積の次元を持ち,通常m2当りニュートンNm-2で示す。

A)引張り強さ

  一定の形の物体を一定の方法で引っ張った時,どれだけの力を如えたらちぎれたかを示す。

  ねじりや圧縮に対する強さも引張り強さがかなり代表する。

  通常は平方センチメートル当りキログラム力kgfcm-2単位を用いるが,これは約105Nm-2(正確には9.8047×104Nm-2)に等しい。

   通常測定では力を徐々にかけるが,急激にかけた時は衝撃強さという別の尺度となる。」

  一方,力を繰り返しかけた場合の強さは疲労試験という方法で検査する。

  これらは実用的に重要だが,物質の構造・結合と単純には関係づけにくい。

B)硬さ

  表面の硬さを測定する最も簡単な方法は10種の鉱物を標準とし,それで試料表面を引っかいて傷がつけば標準より軟らかいとする測定である(モース硬度)。

  また鋼の球(ブリネル硬度),ダイヤモンドの角錐(ヴィッカース硬度)を一定の力で試料表面に押し付けた時生じる窪みの深さや大きさを測ったり,一定の高さから落下させた試料球のはね返る高さを測る方法などがある。

C)脆さ

  実用上は重要な性質であるが直接示す尺度がない。

  固体を構成している原子やイオンの動きやすさ,および新しい面のできやすさと関係があり,前者は格子欠陥と,後者は表面エネルギーと関連が深い。

  これらデータを組み合わせて尺度を作る試みが研究されている。

(4)金属の機械的性質 



表7-2に代表的純金属の機械的性質を他の物質と比較した。



遷移金属は典型金属に比べ弾性率・引張り強さが大きい。

典型金属では各亜族とも原子番号の増加と共に軟らかくなり(ヤング率減少),特にB亜族では第5周期以下で顕著である。

また融点・気化熱とかなり相関が高く,金属結合が弱くなると軟らかくなる。

2族は例外のようにみえるが,Be-Mg-Zn-Cd-Hgとつないで考えると,他の亜族と同じ傾向になる。

(アルカリ土金属元素はCa,Sr,Baに限られる点に注意。)

横に比較すると結合に関与する電子数が多いほど金属結合が強く,機械的にも強くなっていくのがわかる。

結合に寄与するのはA亜族ではs軌道,B亜族ではsとp軌道だけである。

 遷移元素のうち3A〜7A族金属は硬いが加工しにくく単独では用いられることが少なかった。

しかしそれは純度が低く,炭素・窒素・酸素など不純物が存在したためで,最近チタン製眼鏡枠が広く用いられているように,純度が高いものは弾性に富み,加工も容易である。

構造材料として最も広く用いられているのは鉄であるが,これは少量の不純物を加えたり,熱処理をすることで構造を変化させ,機械的性質を大幅に変えられるからである。

他の遷移元素も鉄鋼に加える合金元素としては古くから重要視されてきており,合金鋼の多くは遷移元素を含んでいる。(『物質の科学I 』)



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