3.成層圏オゾン




●成層圏オゾンの形成


 大気中でオゾンが生成するためには酸素原子の生成が必要である.

酸素原子は酸素分子と結合してオゾン(03)を生成するからである.

酸素原子は波長が242nmより短い紫外光による酸素分子の光分解により生成される〔反応(13.1)〕.

酸素原子は酸素分子と三体反応(反応の第三体,Mは空気分子)によりオゾンを生成する〔反応(13.2)〕.

生成したオゾンは主に350 nmよりも短波長の太陽の紫外光を吸収して光分解し再び酸素原子と酸素分子を生成する〔反応(13.3)〕.

またオゾンは酸素原子との反応によっても分解し,2個の酸素分子を生成する〔反応(13.4)〕.

      (13.1)
       (13.2)
      (13.3)
          (13.4)

反応(13.1),(13.2)で生成したオゾンが反応(13.3),(13.4)で消滅するので成層圏オゾンの高度分布は反応(13.1)〜(13.4)のバランスで決まる.

すなわち,オゾンの生成率は太陽紫外光の強さと大気密度の積に比例する.図13-2に示すように太陽の紫外光は酸素分子やオゾンに吸収されるので,高度が低くなるほど減衰する.



他方大気密度は高度が低いほど高いのでこの二つの量の積はどこかで最大値をとることになる(図13-2の点線).

実際のオゾン密度の最大値はこのようにして求めた高度より,かなり下方に存在するが,これは大気の運動によるもので,成層圏ではオゾンは下方に向かって運ばれている.

また反応(13.1)〜(13.4)は発熱反応であるため全体としては光を熱に変換しており,成層圏における大気の温度上昇が起こるのである.

●成層圏オゾンの実測(オゾンレーザーレーダー)


 成層圏オゾンを実測する方法には人工衛星を用いた種々の分光測定,太陽を光源とした地上での分光測定などの遠隔計測法,さらにはゾンデに計器を搭載して測定する方法など多数の方法があるが,ここではレーザー光を用いたレーザーレーダー(ライダー)法について述べる.

オゾンレーザーレーダーの原理は図13-3に示してある.



レーザー光は二つの波長を用いる.一つはオゾンによって吸収される波長1(308 nm),もう一つはオゾンによって吸収されない波長2(355 nm)の光で,この2種のレーザー光を地上から成層圏に打ち上げ,空気分子(N2とO2)による散乱光の信号を直径1.5 mの望遠鏡で集め検出する.

散乱光の強さ(受信信号の強度)は低高度で強く,高高度で弱いが,図に示すように,オゾン層を通過してきた散乱光の高度分布は波長1がオゾンにより吸収されるため異なる.

波長1と2の散乱光の高度プロフィールの差からオゾン濃度の高度分布が求められる.

 レーザーレーダーによる測定は地上10〜40 kmのオゾン層観測に適しており,それより高高度ではオゾンから直接放射されるミリ波観測が用いられ,10 km以下の低高度ではバルーンによる測定が行われている.



●フロンによるオゾン層破壊


 微量な気体が大気中において大きな効果を生むにはその反応が連鎖反応であることが必要である.

成層圏におけるオゾン破壊の連鎖反応の代表例は以下の三つである.





上記の反応においては(13.5)では水素原子,(13.8)ではNO,(13.10)では塩素原子が反応の開始に関与し,それらが反応の終わりである(13.6),(13.9),(13.11)反応において再生される典型的な連鎖反応である.

これらの反応においてはH,OH,NO,NO2,Cl,ClO等の分子は一種の触媒としての作用をするだけで,数量において増減が無く,オゾンのみがO2に変換され,減少していく反応である.

HOX,NOXサイクルは上記の反応だけでなく他にもいくつかの反応が考えられている.

成層圏における水素原子やNOのソースとしてはたとえば,以下の光分解反応がある.

ここで示すO(1D)は通常の酸素原子よりエネルギーの高い励起酸素原子である.

          (13.12)
        (13.13)
         (13.14)
               (13.15)

反応(13.1O),(13.11)のClOxサイクルは1974年に米国の科学者モリーナ(M.J.Molina)とローランド(F.S.Rowland)が提案した反応で,成層圏にクロロフルオロカーボン(CFC,我が国ではフロンと呼ぶ)が侵入すると太陽の紫外線によりCFCが光分解し,塩素原子が放出されてオゾンが破壊されるという警鐘を鳴らした有名な反応である.

彼等はこの業績により,1995年度のノーベル化学賞を受賞している.

 種々の大気中の微量気体(たとえばCO2,CH4,N2Oなど)は産業革命以後急激に増加し続けている.



とりわけCFCは第二次世界大戦後人工的に製造された物質で,過去40年間で大気中の濃度にしてゼロから数百ppt(pptは10-12)まで増加した気体である.

●フロンによるオゾン破壊は実際に確かめられるのか(光化学チャンバー実験)


 フロンの光分解によって生じるCl原子が実際にオゾンを破壊するかどうかのモデル実験の結果を図13-4に示す.



この実験は内容積6 m3の大型チャンバーに空気を1 / 10気圧程度入れ,成層圏の太陽光に近い光で照射する.

チャンバー内で(13.1)〜(13.4)の反応が起こり,(13.1),(13.2)で生成したオゾンが(13.3),(13.4)で消滅するバランスにより,一定濃度(光定常状態濃度)のオゾンが生成する.

この状態にCFC-11(5.9 ppm)を加えると約1時問ですべてのオゾンは消滅してしまう.

このことはCFC-11(CFCl3)が光分解し,放出されたCl原子が反応(13.10),(13.11)の連鎖反応を起こしたためである.

          (13.16)

 この実験ではCFC-11が5.9 ppm(ppmは10-6)と高濃度であるため約1時間ですべてのオゾンが消滅しているが現実の成層圏大気におけるCFCの濃度は数百pptであるので反応はもっとゆっくり進行する.




●現実の成層圏オゾン減少と対策



 現実の成層圏オゾンがどの程度減少しているかを図13-5(b)に示す.

図13-5(b)は北緯60°から南緯60°までの間の南北中緯度間の上空にある全オゾンが最近の15年間でどれだけ変化しているかを示すものである.

図から分かるように最近15年でこの領域での全オゾンは5%以上減少している.

このオゾンの減少に対する対策として,フロン類の使用削減を盛り込んだモントリオール議定書が1988年に発効し,さらに1992年のコペンハーゲンでの第四回締約国会議においてフロン,ハロン,四塩化炭素,トリクロロエタン等の使用を1995年末までに全廃することが決定している.

これらの対策によれば図13-5(a)に示すように大気中の全塩素濃度は来世紀後半にはオゾンホール出現以前に戻ると期待され,それによって,成層圏オゾンの減少にも歯止めがかかり,オゾン層は元に回復するものと期待されている.

 なお,単位面積当りの垂直空間柱にあるオゾンの総量を表す値としてドブソンという単位がよく使われる.

この単位は測定されたcm2当りの垂直空間柱にあるオゾン数を2.687×1016(アボガドロ定数の10-3倍)で割った値である.

もう少し分かりやすく説明すると,この1 cm2当りの垂直空間柱にある全オゾンを集めて1気圧にしたときの厚みを10-3 cmを単位にして表したものである(300ドブソンの場合換算上3 mmとなる).


次のページへ