9 高分子の構造
高分子物質の多彩な性質は,高分子鎖とその集合体がとり得る複雑な構造と,その分子運動に起因している.
ここでは,高分子の構造を,単量体の構造から始めて,そのつながり方,立体規則性,分子鎖の長さと分布などのような高分子鎖の一次構造,さらにはそうした分子鎖のとり得る形態による二次構造として説明する.
また,高分子鎖が集合して構造をつくる高次構造などを,主として熱力学的立場からわかりやすく説明する.
今までの講義では,熱力学の考え方を中心に学んできたが,対象とする物質は,比較的単純な分子が主体であった.
しかし,私達の身のまわりを見ると,ゴム,プラスチック,繊維など高分子からできたものが沢山ある.
私達の体自身も生体高分子からできている.
これら高分子物質の多彩な性質は,それがとり得る複雑な構造と,その分子運動性に起因している.
ここでは,高分子の構造を,単量体(モノマー)の構造から始めて,それがつながった場合の高分子鎖の一次構造,二次構造,さらに分子鎖が集まってつくる高次構造という順序で説明する.
これらを理解する基本として,熱力学的考え方は大変重要である.
その前に,まず高分子材料の歴史を,振り返っておこう.
表9-1は,主要な高分子材料と高分子科学の年表である.
1800年以前は,絹,木綿,革などの天然高分子材料が主体であったが,160年程前に天然ゴムの加硫がグッドイヤー(C.Goodyear)により発見された.
この技術の基本は現在でも活用されている.
この表でカッコ内はそれを発明,発見した人の名前,下線はノーベル賞を受賞した人の名前である.
高分子の特徴は,進歩が常に起きている点にあると考えてよい.
1.高分子の構造の分類
図9-1に高分子の構造をモノマーの構造から始めて,複雑な高次構造まで分類した結果を示す.
構造というと,静止しているように感じてしまうが,実際は分子運動も同時に考える必要がある.
たとえば,簡単な例としてCH3-CH2-CH2-CH3で表されるn−ブタンをとると,n−ブタンは,2番目と3番目のC-C結合のまわりに内部回転することができる.
内部回転のポテンシャルエネルギーは,図9-2に示すように,両端のメチル基どうしがトランス(T)にあるとき一番低く,そのときの回転角を基準にして±120°のゴーシュ(と)のときも極小になっている.
T,,の間には図のようなポテンシャルの山がある.
今,C-C結合まわりの回転振動数は,3〜6×1012s-1のオーダーなので,ボルツマン因子を考えると,室温での遷移は約1010回/s,は約109回/sも起ている.
ここでΔEは活性化エネルギーで図9-2のポテンシャルの山から求まり,Rは気体定数,Tは絶対温度である.
最も簡単な高分子の例としてポリエチレン(PE)を考えると,
PEの構造式は,であり,立体的に考えると図9-3の上のように伸びているように思われる.
これは,C-C結合に関してすべてトランス状態にあり,最もポテンシャルエネルギーが低くなっている.
このようになるのは,結晶状態での話であり,ポリエチレンを高温で融かしたり,溶媒中に溶かした状態では,熱運動のため図9-3の下のようにコイル状にまるまり,激しく動いているはずである.
そこで,分子の内部回転によって生じる高分子鎖の空間配置を立体配座(コンフォーメーション(conformation))と呼び,内部回転のみでは相互に変わり得ない種類の配列を立体配置(コンフィギュレーション(configuration))といって区別している.
立体配置については,後で説明する.