若者よ、本を書こう! その2

「『砂漠論』刊行経費の概要」に、さまざまの反響がありました。くり返しの説明になりますが、これはあくまでも、シロウトに理解できる経費の計算法ということで作成していただいた「見積もり」です。デザインは鈴木一誌さんですから、組版や紙代が、しかるべき「格付け」のものになるのは当然のこと。定価2300円と記された書物を手にとっていただけば、「コスト・パフォーマンス」のよい出版物であることは実感していただけるでしょう。

ご参考までに、『ランジェ公爵夫人』の場合、定価1800円で初版6000部。映画公開に合わせた「強気」の数字ですね。それに、どなたもご存じのようにドル箱部門をかかえた大手出版社の計算法は、「個人ネットワーク方式」とは、まったく違います。「会社」と「個人」のちがいは、後者の場合、1冊ごとに、赤字を出さないために工夫し、戦略を練らなければならないということ。その一方で、組織の運営にかかわる費用が要らないという利点があります。以下は、小柳さん提案の「ミニマム・コスト」の「見積もり」です。良心的な印刷・製本業者、センスのよい若手デザイナーには、心当たりがあるとのこと。

〈流動する人文学〉シリーズ 新書判ハードカバー案
   
■判型  
新書版ハードカバー
■頁数  
192頁
■部数  
初版500部
   
■原稿枚数  
400字×230枚(1頁38字×14行)
   
■経費  
印刷代
30万+α
デザイン代
10万
編集・制作・管理ほか代
10万
校正 著者
0
著者負担
50万円
著者印税:初刷→なし(2刷以降10%)
献本:著者買い取り(郵送費は版元負担)
   
■進行  
完全データ入稿  
ゲラ校正 初校1回  
■進行経費  
本文直し1カ所につき300円(データ通りでないものに関しては版元負担)  
表や図版が入る場合、組版代として1点につき2000円  
表や図の作成、1点につき3000円  
   
■在庫  
3年経過後の在庫は処分(もしくは著者買い上げ) (1冊につき1ヵ月2円+移送代がかかる。仮に500部の在庫もつと月1000円以上の負担となるため)  
   
■販売  
大手書店人文書コーナー、アマゾン  
   
■その他  
部数は500部増えると、およそ3万円増となる。
版型の変更やカラー頁等は応相談。
 

 

要するに、自己資金50万+αで、「本を作る」ことはできるという話です。幸運にも専任ポストの見つかった人は、勤務先の大学に助成金があるかもしれません。学振PDやポスドク研究員の資格を手にした人は、少しずつ貯蓄しておくとか。そうそう!と、わたしが思ったのは、学振の「特別研究員-RPD」(出産・育児のために研究の現場を離れた女性への支援)です。なにしろ900万近い給付があるのだから。1割を業績発表のために備蓄して、子どもを片眼で追いながら原稿を書くぐらいの貪欲さをもってほしい。

わたし自身もふりかえってみれば、30代は翻訳専門で、自分の文章など書けなかった。それゆえ若者を叱咤激励する立場にはありませんが、それでも、つくづく思うのです。とりあえずは課程博士の論文のなかから、専門の違う研究者や一般の読者の関心を刺戟しそうなテーマを選び、これをリライトして、小さな本にしておきましょうよ。書いてみれば、上手になる。書かなければ、上手くなりません。「紀要論文をまとめる」のと、「本を書く」ことは、ずいぶんと違う営みではないか……そう皆さんも思いませんか?

それにしても、上の「概算」は、まだ「計算が合わない」のですね。以下は、自問自答形式で。

  • そもそも、ほぼ無名の新人の本が売れるのか?――工夫をすれば、それに見合った効果はあるはず。潜在的な読者の身になって、タイトルや章の構成を工夫すること、親切な文章を書こうと努めること。それは大切なことですし、だいいち面白いですよ。
  • 500部は適正か?――もっとも格調高い人文系の出版社でも、専門書は500~1000部が相場だといいますから、新人の「完売」はむずかしいでしょうね。しかも書籍は「場所代」がかかるし、あまり考えたくはないけれど、残部を「裁断」する経費も想定する必要があります。
  • 個人研究費で自著を買い取れないか?――事務方に打診してみましたが、これは不可でした。目をつぶってくれる大学もあるか……。一方、学振の科学研究費は、Amazonでの購入などもできるようになり、だいぶ自由化されましたね。この枠組みは使えるかもしれない。
  • 本を流通させる努力は?――著者割引で50~100冊購入してしまい、関係者に献本する。友人や仲間たちは、おたがいさま。本を「買う」ことが「連帯」の仕草です。

さてさて「捕らぬ狸」は、この辺にして。年齢は若手なれど、研究業績は立派な中堅、まだ著書がないから、ということで、鋭意、執筆しているはずの同僚に、様子を聞いてみましょうか。とにかく年内には出してもらいましょう。

ちなみに、この企画、わたしは「広報」を担当しているだけです。専門分野、出身大学、職場などは、もちろん、まったく関係なし。まず、見せられる「現物」をあるていど整え、左右社の小柳さんに、直接ご相談ください。 http://www.sayusha.com/

最後にお知らせ。「手を変え品を変え―その3」(ちょうど1年前、2007年4月1日の記事をご覧ください)ということで。豊崎光一先生の精神にならい、また池袋ジュンク堂で、「映画から文学へ」と題したトークセッションをやります。4月17日(木)19時より。鈴木一誌さん、管啓次郎さんと。素敵な友人たちと語り合う夕べを、わたしも楽しみにしております。
http://www.junkudo.co.jp/newevent/ evtalk.html#20080417ikebukuro

 

ページの先頭へ戻る