面接授業「初めての韓国語」――共通教材の新シリーズです
「生涯学習」という言葉には、知的で洗練された響きがないと思われているらしいことは、いかにも残念です。本当は、学びつつ生きることほど、お洒落な人生はないと思うのですが。
放送大学に着任して早くも5年。素晴らしい出会いが、数えきれないほどありました。週末に卒業研究の口頭試問を終えたばかりで、ちょっと気分も昂揚しております。年々収穫が増えて、今年はとりわけ豊作でした。これまで一度も長い文章を書いたことがない、という履修者が、原稿用紙で数10枚、人によっては150枚ほどを、数カ月で書き上げる。着地した地点に広がる風景は、スタートの地点で見えていた風景と、まったくちがうはず。ひとりひとりの成長ぶりは、端で見ていても爽快です。
さて本日は、広報活動です。生涯学習者のための外国語教育。といっても、英語は条件が異なりますので、初めて学ぶ外国語(初修外国語)の構想について。放送大学は社会人の大学なので、制度的な問題も理解していただけるでしょう。
「市場原理」の働くところ、コストはかかるのに投資効果が目に見えにくい科目は、定期的にリストラの嵐にさらされます。かつて東京大学教養学部のカリキュラム改革にかかわって、それなりに多様で新鮮な教育プログラムを立ち上げることが出来たのは、本当に幸運なめぐり合わせでした。しかるに、考えてみればその後はずっと、ひたすら「市場原理」との闘いでした。いじけているわけではありません。外国語と文学を担当する教師であることを、わたしは誇りに思っています。
この5年間に開発した様々の教材と、何ものにも替えがたい人間のネットワークを基盤にして、新しい「共通教材」を立ち上げます。関東一円で開講される初修外国語の面接授業は、さまざまの事情で変動はありますが、1年でおよそ100科目ほど。その運営が支離滅裂にならぬためには、一貫したヴィジョンのもとに、これを組織することが必要です。科目ごとに「共通教材」を制作し、これを共有したうえで、あとは担当講師の個性を活かした授業をやっていただこう。これが着任した年度の終わりに立てた企画です。
本年度、南関東の学習センターで開講されている外国語は、さまざまのレベルの英語のほか、中国語、韓国語、ドイツ語、フランス語、スペイン語、アラビア語、イタリア語、ポルトガル語、ロシア語、インドネシア語、フィリピン語(タガログ語)、ベトナム語の計12カ国語になりました。いずれの授業も、ゆたかな留学経験をもつ第一線の研究者が担当しています。
初歩の外国語の授業には、2つの柱があります。第一は、コミュニケーションの楽しさを実感できるような授業。これは一方通行の放送授業がかかえる限界を補うため。第二は、学問的な知見に支えられた文化論を臨機応変に導入する授業。受講者が経験を積んだ社会人だからこそ、担当講師の高い志が通じるという嬉しい印象を、わたし自身も、いくたびとなくもちました。
第三の方針として、あらたに「多言語主義」という言葉を掲げたいと思います。ひとつの外国語をマスターできるような教育システムを、残念ながら放送大学は提供することができません(それぞれの外国語に配分される放送授業は、わずか1~3科目です)。その代わり、というのも何ですが、初歩のレベルではあるけれど、たくさんの外国語に親しんでいただきたいのです。
目標は:
① 文字が読める/発音できる
② 挨拶や自己紹介ができる
③ その国の文化や歴史について、正しい基礎知識を身につける
ご記憶の方もあるでしょうが、横浜市立「いちょう小学校」とその「多言語主義」の試みに関する「朝日新聞」の記事を、以前にご紹介したことがありました(2008年8月12日のブログ)。その記事の見出し「10カ国語の『おはよう』」をもじって、「12カ国語の『こんにちは』」というモットーを掲げましょう。放送大学の学生さんたちにも、地域社会の「多文化共生」をめざし、能動的な市民としての異文化理解のマナーを身につけてほしいという意味です。
この課題に応えるためには、アジアの言語と文化に関する科目を補強することが欠かせません。手始めに、面接授業担当講師の方々が制作してくださった「初めての韓国語」の教材を、このサイトに立ち上げます(クリックしてください:「初めての韓国語(発音編)」「初めての韓国語(会話編)」)。
これまで面接授業の工夫と改善には、ずいぶん力を注いできました。低コストで即効性が期待されるという戦略的な理由もあります。ところで「市場原理」という勝てぬ相手と闘うために、もっとも強い味方は、このサイトを読んでくださる学生の皆さんです。
いかに講義の質を高めても、少数の参加者しかいない授業は「風前の灯火」なのですから。まずは、たくさんの外国語を片端から履修してください! 多様な言語と文化に親しむことにより、おのずとグローバル化の時代にふさわしい「異文化理解」の道が開けるにちがいありません。
さらにもう一点。以前から気にかかっていたことですけれど、サポートの意見、新しい科目の要望なども、積極的に学習センターの窓口や担当事務に届けるようにしてください。個人的な苦情やクレームばかりが教育の現場に持ちこまれ、創造的な努力が評価されること、いや認知されることさえないとしたら、それはいかにも残念な話ではありませんか。